第10話 服はおかしくなければ良い派
僕は家を出てイデオンから紹介された服屋に向かっている。
ちらと後ろを見て思うが…部屋がいくつもある二階建ての家に二人で住むのは贅沢な気がする。
今のところ一階だけで住んでいるようなものだしな。
要らぬ贅沢だがまぁいつか余った部屋の使い道が思い付くかもしれないから今は放っておこう。
ひとまず思考をやめ前に向き直るとそこには楽しそうに僕の手を引くうちの娘がいる。
初めての服屋がとても楽しみらしい。
「あまり急いで転ばないようにな。服屋は逃げないぞ」
「うん!」
注意され姿勢を正すティア。
が、結局体は正直なのか正した姿勢のまま体が小さく跳ねている。
…可愛い…はっ!?
今うちの可愛い娘を見ていて少し足を道端の足に引っ掛けた。
…娘に注意して僕が転んだら本末転倒だ。
気を取り直して前を見た僕の目には新しい町が映る。
新興の町『レイミスト』
この大陸の端側に位置した出来て間もない町。
いろいろな事情で移り住んだ人間達が造ったこの町は、都心部ほど栄えてはいないし、まだ足りないものもあるらしいが素性があまりハッキリしていない人間も住みやすい。
まさしく僕らにうってつけの住み処である。
海と山に挟まれた町なので季節ごとに変わることも多いだろう。
今から少し楽しみだ。
そんなことを考えながら僕は楽しそうなティアに手を引かれて進むのだった。
◆●◆●◆●◆●◆
それから10分後、僕達は紹介された服屋に辿り着いていた。
見た目はthe服屋。
何処からどう見ても服屋である。
当然と言えば当然だ。
王妃のおすすめだからもっと派手な場所かと思っていたがそうでもないらしい。
「お邪魔します」
とりあえず入ってみた。そして…、
「わっ!」
「ひゃう!?」 「ぴっ!?」
入り口の入ってすぐのところに隠れていた伏兵によって僕とティアが驚きに跳ね上がった。
…敵襲か!
そこにいたのは銀色の癖っけある髪を腰まで伸ばし全身にキラッキラのゴシックドレスを着た女性だった。
…裸ローブの僕が言うのもなんだが…こんな辺境の町でする格好ではないのでは?
尚、今のイタズラによりティアはプルプル震えながら僕の後ろに隠れて女を見ている。
おそらく第一印象は最悪だろう。
しかしながら相手も予想外だったのか手袋の右手で頭をかきながら「あはは…」と笑っている。
「はは…ごめんごめん。そんなに驚くとは思って無かったのよ」
「僕はともかく娘はあまり他人付き合いに馴れてないから今後は控えて貰えると助かるな」
「あいあい!りょーかい!」
「…本当か?」
僕は娘を庇いながら疑惑の目を彼女に向ける。
すると彼女は慌てて謝罪してきた。
「ごめんてば!久しぶりに可愛いお客様だからちょっとテンション上がって魔が差しただけなんだって!田舎じゃオッサンとオバサンばっかだしさ!」
「今度娘を怖がらせたらお前の両手をツルハシに変えてやる」
「ひどい!?採掘しか出来なくなるじゃん!」
「なんなら魔科学ドリルの方がいいか?」
「何で鉱山でしか役に立たない方向性なのよ…。許してよ『大魔導師』様ぁ!」
「…ん?」
あれ?今こいつ魔導師って言った?
ひょっとして…、
「…僕のこと知ってるのか?」
「知ってる知ってないで言うなら知らない人間はいないと思うよ?大魔導師レスティオルゥのことは」
「…イデオン…」
「秘密にしてくれ」と言った数日後に既にばれている件。
あの王妃意外と嘘つきなのでは、と思い始めてきたそのとき、慌てて目の前の女性が割り込んでくる。
「あぁ!そんな顔しないで今回のは特別!イデオンから正体を教えられてるのはあたしだけだから気にしないでよ!」
「本当か?」
「ホントホント!一応ほら、慣れない場所に新しく住むのってなかなか大変でしょ?だからその手伝い役にあたしが抜擢されたって訳!」
「そのためにこちらのことを色々知っている、と?」
「色々って言っても相手は大魔導師とその娘ってことくらいしか知らないけどね…まぁ…」
話途中にこちらをじっと見てくる。
そして目を煌めかせてきた。
「その大魔導師様がこんなにも可愛いとは思わないじゃん!」
「…そうか」
今理解した、こいつ感情で行動するタイプの人間だ。
このままでは話が進まないことを感じ取った僕はとりあえず急かすことにした。
「なら説明は省くが僕はレスティオルゥ、こっちは娘のレスティアラ。村ではティオとティアで通すつもりだ」
「ん、りょーかい。あたしはルクスリア。見ての通りこの服屋の店主」
「お前が店主かぁ…」
「むむ!なにさそのリアクション!これでもあたしは不老不死で223歳の大ベテランよ!」
「うわぁ…しかも同年代かぁ…」
なんとなく僕は態度が軟化しているが別に相手を見ての「こいつ相手に礼儀とかいいか」とか「真面目に話すのが馬鹿らしくなった」とかではない…たぶん親しみである。
しかし大変親しみを込めた対応をした結果、ルクスリアが怒り始めた。
「なにさ!そんなに信じられないってんなら証明してやんよ!」
そう言い滑らかな動きで僕の背後に隠れていたいたティアの肩を掴むと奥へと連行していく。
「お、おかぁさ~ん!」
「大丈夫大丈夫!すぐにそのボロボロの服の代わり選んだげるからねー!」
そういったルクスリアは娘を連行したまま奥の部屋へと消えていった。
――それから10分後。
奥の部屋からドタバタと足音が戻ってくる。
「どーよ!」
そう言いながらルクスリアは脇を抱え上げられたティアをこちらに見せてくる。
そこには…天使が降り立っていた。
純白に淡い緑色の混ざったワンピース、そして頭には碧い木の葉のヘアピンが飾られたティアがそこにはいた。
そのティアだが少し恥ずかしそうにこちらを見ている。
「お母さん…どう…かな?」
恥ずかしそうにこちらに訊ねてくる娘の愛らしさに思わず僕は無言でルクスリアからティアをひったくり抱き締めていた。
やはりうちの娘はこの世界で一番可愛い!
今なら窒息死する目前まで僕を抱き締めていた母の気持ちが分かる。
少しの間ティアを抱き締めていた僕はすぐにルクスリアの方へと向き直ると彼女は右手を前に差し出していた。
それに僕は迷わず握手をする。
「…グッジョブ!」
「とーぜん!」
ある種の信頼関係構築の瞬間であった。
「んじゃ、とりあえずあたしの腕前を信頼してもらったところで次はティオの服を作ろうか」
「僕のは作るのか?」
「子供は肌が柔らかいから軽くて余裕のある動きやすい服で選べば良いけど、大人は別!しっかりとあった服選ばないと実用的にもファッション的にも問題があるからね。元々ある服使うとしても多少の手直しはいるよ」
「そうゆうものか」
なんとなく納得のいってない僕が首を傾げているとイヤらしい笑みを浮かべたルクスリアがこちらを見つめる。
「…それともティオはその全裸ローブがお気に入りなのかな?」
「そ、そんなわけあるか!」
「だよねーじゃあここでマトモな格好をあたしに作って貰わないと町も歩けないでしょ?うちの店は町から少し離れた位置だからまだしも」
「…ぐっ…その通りだが……はぁ…分かった。僕は服に詳しくは無いからな」
「まっかせて!」
…?
気のせいだろうか…今ルクスリアの目が『キュピーン!』と光った瞬間、悪寒が…。
「はいはーい!じゃあいくよティオ」
「分かったから引っ張るなって…」
手を振る娘に見送られながら僕は奥の部屋へと連れていかれる。
そして色々な服が並ぶ裏側を通り抜けると奥に扉が見えてくる。
「あそこで採寸するから」
「あぁ、分かった。ところでなんでこの扉だけやたら頑丈に造ってあるんだ?」
「あー…そりゃあれだよ。時々採寸がくすぐったくて暴れたり、変な声出たりする人がいるから防音で丈夫なやつになってんの」
「…ふーん、そんなものか」
特に疑問に思わなかったその返答にもう少し疑問を抱くべきだった。
『ガチャッ!』
僕が部屋の中心まで足を運んだその瞬間、大きな鍵を閉める音が静かな部屋に響き渡る。
そしてルクスリアが静かに扉からこちらに向き直る。
まるで張り付けたような笑顔と共に。
「…ルクスリア、なんで鍵をかけるんだ?」
「そりゃ女の子の着替えだもの」
「……じゃあなんでその鍵…内鍵なんだ?」
「そりゃ採寸中に逃げられたら困るもの」
「………じゃあなんで巻き尺も持ってないのにこっちに迫ってくるんだ!」
「それはねぇ…いらないからよ!レッツ採寸!」
「う、うわぁ!?」
残像が見える速度でこちらにルクスリアが迫ってくる。
こ、この動き…常習犯!?
「はーい、邪魔なローブは脱ぎましょうねー!」
「ひゃあ!な、なにするだー!」
「大人の服はしっかりと直触れしないといい服作れないからねー!おさわりしましょうねー!ぐへへ!スケベしようやぁ!」
ローブを剥がれ産まれたままの姿の僕の体に手袋を外したルクスリアの指が這う。
主に僕でも触ったりしたことの無い場所などを。
「んひゃ!そ、そこ…さわるなぁ…」
「感度良好!さわり心地良好!ふはははは!」
「服作るのに感度…関係ないだろぉー!」
「よいではないかー!よいではないかー!」
「ひっ…そこは…だめ…んっ!…やぁ…」
…この後、30分近く僕は体を弄ばれた。
後になって聞いた話だがルクスリアは元は王都でも数える程の職人だったらしいが、採寸するときにセクハラすることを理由に辺境に追いやられたらしい。
曰く『色欲のルクスリア』だとか。
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