第4話 人類滅亡はまた今度
篝火を前に僕と少女は身動ぎ一つせず登る火の粉を見つめている。
さっきに食べ物を貰ったことでこちらに対する警戒は多少和らいだがそれでもいきなり饒舌になることはない。
ならば僕から口を開けばいいだろって?
舐めないで欲しい。
僕はこう見えて百年間人との交流をしていない。
せいぜい実験用の生物と触れ合ったくらいだろう。(そのあとフラスコの中で溶けたが)
つまり僕は今久しぶりに他人と話す緊張感に包まれている。
話題が浮かばない!
どんな表情すればいいか分からない!
どんな風に話しかければいいか皆目検討もつかない!
百年という長い時間は残酷にも僕をコミュ障に作り替えたのだ。
…そうだ、こういうときは相手を観察して話題を探すんだ。
そう思った僕は隣にちょこんと座っているエルフの少女に目を向ける。
肩まで伸ばした金髪は砂によって所々汚れているがそれでも綺麗だと分かる。
体躯はあまり大きくなく人族でいう10歳程度のもの。
…といっても根本的にエルフの寿命は長いのでこの子でも既に僕より年上かもしれないが。
そんなことを思いつつふと少女の耳を見て視点が止まる。
そこにはエルフの象徴である先の尖った長耳があるのだが、それが縦にピコピコと動いている。
その姿はまるでウサギのようですごく可愛らしく、気付けば僕はその耳に手を伸ばしていた。
僕の指が少女の耳に触れたその瞬間。
「っ!?」
飛び上がるほど驚いた彼女は椅子の代わりにしていた岩から飛び退き、その後ろに隠れて涙目でこちらを見始めた。
…行動も小動物みたい。
「…す、すまない。つい触ってしまった」
「………」
頭を下げるこちらをジーッと見ていた少女だが、少しこちらを観察するとゆっくりと岩の上に戻る。
「あー…それでその…僕はレスティオルゥという者だ。君は?」
「?」
「どうした?…あーえっと…名前を教えてくれるか?」
意図が伝わっていないのを感じとり身振り手振りしながら自己紹介を促すが彼女は悲しそうに俯き首を横に降った。
「…どうして?」
「…私…名前ない…」
「…!…どうしてか僕に教えてくれるか?」
「…(コクコク)」
あまり話なれていない彼女はたどたどしい口調でゆっくりとと自身の身の上を語った。
エルフの里にはある言い伝えがあった。
―水は樹を育む。
―土は大地を固める。
―風は花の種を運ぶ。
―しかして火は全てを燃やす。
―故に火の子は忌み子なり。
この言い伝えによりエルフの中で火の魔力を持って産まれた子供は「忌み子」として迫害を受けた。
名前を貰えず、親や仲間から嫌われ、石を投げられ、最後には里から放り出される。
それこそが「忌み子」であり…ここにいる少女だった。
そう…涙を流しながら彼女が語ってくれた。
「みんな…私が里を滅ぼすって…同族を焼くって…石を投げたりするの。私何もないしてない…何もしてないよぉ…ぐすっ…」
一通り説明を終えた彼女は吐き出すように嘆いたあと、大声をあげて泣き始めた。
…きっと今まで誰にも言えなかったんだろう。
同族達はそれが当たり前で、いきなり里を追い出された彼女に頼れる人もいなかったんだ。
僕には分かる。
だって僕の隣で大粒の涙を溢して泣いているのは…僕だから。
何もしていないのに他人の何かで否定され、居場所を無くして、1人寂しく泣いている彼女は、紛れもなく100年前の僕そのものだ。
孤独で悲しくて寂しくて、どうしようもない理不尽に押し潰されそうな気持ちは痛い程分かる。
…あの時は僕の周りに誰もいなかった。
1人ぼっちで辿り着いたのは光の当たらない洞窟の奥底だった。
この子もまたあそこに沈んで行くのだろうか?
…いや、きっと。
それはあってはならない
だからこそ僕はゆっくりと歩き少女の前に膝をつく。
岩に座っている彼女と目線が合うように。
彼女の心に僕の心が伝わるように。
手のひらを彼女に差し出しながら僕は口を開く。
「実は僕もちょっと前に家を無くしてしまってな。これから新しい家を探しに行くところなんだ。…良かったら一緒に来るかい?」
泣いていた彼女の表情が驚きに変わる。
さっきまで泣いていたためか上手く話せていないが、それでも無理矢理口を開いた彼女は真っ直ぐに僕の瞳を見返してきた。
「…う…ぐすっ…いい…の…?」
「もちろんだ。…まだ家のいの字にも辿り着いてないけど……おっと!」
返事途中の僕へと再び涙を流した彼女が飛び込んでくる。
それを僕は何とか抱き止め泣く彼女を宥める。
そして小さなその頭を優しく撫で新装備の胸へと包み込む。
あまり子供には詳しくないがこうしたら子供が安心することだけは知っていた。
幼い頃に僕も母の胸の中でそう感じたから。
篝火に背が近く熱を感じるがそれでも僕は構わない。
僕の腕の中にはもっと熱く大切なものが産まれたのだから。
「…これはしばらく…人類滅亡は休業だな…」
砂塵が晴れ星が浮かぶ夜空を見上げた僕はどうしてか嬉しそうにそう呟いたのだった。
…母さん…きっとこれでいいよね。
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