第3話 砂上の分かれ道
不慮の事故により全てを失ったレスティオルゥ。
茫然自失の彼女だが、とりあえずは砂漠を出ることにした。
自身の錬金術で新たに研究施設を作り出そうにも洞窟内は崩壊しておりそもそも危険。
そしてなにより錬金術は等価交換。
故に物体さえ有れば何でも作り出せると思えるかもしれないが、物の価値は等しくない。
黄金を一つ作り出そうとするなら町並みの範囲の砂漠を錬成することとなる。
当然ながら苦労する運動量とは等価ではない。
大掛かりな錬金術を使うためにはそれ相応の触媒がないといけないのだ。
尚、例に漏れずその触媒も研究施設と共に虚空へと消え去った。
あるのはその身に着けているローブのポケットに偶然入っていた触媒一つのみ。
一度の錬金術を使うのが限界だ。
それ故に一旦町へと移動して何らかの金銭になりうる物を錬成して資金を産み出すのが今の彼女の目標である。
幸いにもここは死の砂漠のど真ん中。
通常なら激しい砂塵によって道に迷い、水が無くなれば死を待つだけの恐ろしい地でも水分補給をしなくても済む不老不死にはむしろ魔物の出ない場所として役に立つ。
だからこそレスティオルゥは今、生気の抜けた顔で砂漠を歩いているのだ。
「…あぁ、やっぱり悪いことしたからこんな目にあってるのかな…」
一夜のうちにいろいろ衝撃的な変化を受けた彼女は虚ろな目で砂塵に包まれた砂漠を見ている。
と、そこに一陣の突風が吹き抜ける。
「…きゃっ!?」
自身の体を隠していたローブがめくれ上がりその下に隠されていた裸体が露になったレスティオルゥは女々しい悲鳴と共にローブを押さえた。
「…うぅっ…身体中に砂がついて気持ち悪いな…」
風が収まるとローブの下の胸の谷間に溜まった砂を払っていたレスティオルゥはふと自身の物となってしまった胸を掴む。
「……そこそこ大きめかな。
まぁ…母さんはとんでもない大きさだったし…ある意味遺伝か…」
女性経験もなくもともと存在してなかった乳房を少し赤面しながら揉むレスティオルゥだったがふと悲しげな表情になり自身の股の間に指を這わす。
「…結局僕の愚息は使用することなく一生を終えたのか…」
自身の過失とはいえ未だに受け入れきれない性転換の現実に虚ろな目になりながら「…歩こう」と呟いた彼女が足を踏み出したそのとき、
「…うん?」
砂山の頂点部分にボロボロのローブがはためいているのが目にはいった彼女は目に砂が入らないよう手を当てて遠くに映るそれを視界に収めた。
「以前ここで亡くなった者の落とし物か?」
小さく呟きながら彼女はその考えをすぐに否定した。
それにしてはまだそれほど劣化しておらず、風に飛ばされていない。
「…だとしたらまだここで亡くなって日が浅いのか。…だったらまともな衣服くらいいただけないかな」
考え事をしながら遺留品だと思える物体に近づいたレスティオルゥだが、それを見た彼女は驚きに足を止める。
そこいたのは遺留品でも亡骸でもなく、一人の少女だったからだ。
だが驚いたのはそれだけではない。
その倒れた彼女が耳の長いエルフだったこと、そして今、「ゴホッ!ゴホッ!」と咳き込んだことに驚いたのだ。
「…生きている…それにエルフか。だが…」
この状況にレスティオルゥが困惑する。
なぜならエルフは住み処の森から出てこないことで有名であり、なによりそのエルフの国は死の砂漠の存在する大陸とは別の大陸の遠く離れた場所にある。
ここに彼女がいることが異常だったのだ。
理解が及ばない状況に未だに身動きがないレスティオルゥだが確かなことが一つ。
どう見ても衰弱し倒れている彼女をこのまま放っておけば遠くない未来に死んでしまうということだ。
思わず倒れた彼女に手を伸ばそうとしたレスティオルゥは自身のその手を掴み止める。
「…なにをしようとしてるんだ僕は。どうせ僕は人類を滅ぼすんだろ…だったら」
背を向けて三歩。
振り向く。
「……」
再び背を向けて二歩。
再び振り向く。
「…………」
三度背を向けて一歩。
今度は振り向かなかった。
「………………あぁーーーーーっ!もぉーっ!」
砂が入るのも厭わず大口で叫びをあげたレスティオルゥは少し離れた位置にある砂山へと爆走するのだった。
◆●◆●◆●◆●◆
砂漠の中に作り出したオアシスの前に篝火をつくり、倒れていたエルフの少女を僕は寝かせている。
無論今燃やしている枯れ木もさっき使いきった触媒のオマケだ。
脱水症状らしかったのでオアシスの水を飲ませたから後はこの子が自然に回復するのを待つしかないだろう。
念のために回復魔術もかけておいたから万が一もない。
「…はぁ…触媒は使い切っちゃったけど…」
先にも言った通り砂漠のど真ん中にオアシスを錬成した。
水のない場所にオアシスなんて作ろうとしたから当然のごとく錬成触媒は使いきることとなった。
町での必要資金用に残していた最後のものだったけど、幼いエルフの少女がどれだけもつか分からなかったため背に腹は代えられなかったし。
「…まぁいいけどねー。こうして水浴びできるだけでもいいけどねー……はぁ…」
空元気しながらオアシスで身体中についている砂を洗い落とす。
胸や背中を流し終えいよいよ…と、視線を落として困る。
「…こ、ここも洗わないといけないのか…」
びくびくしながらゆっくりと男の象徴が存在しない秘部へと手を伸ばそうとしていると…、
「…んぅ」
「ひょっ!?」
目を覚ましたエルフの少女の声に仰天して奇声をあげてしまった。
し、心臓が口から出るかと思った。
目覚めたばかりの少女はキョロキョロと周りを見渡し、そして全裸でオアシスに立っていたこちらに気が付いた。
「…あ」
「…えっと…気が付いたか?」
「……(コクコク)」
頷いてはいるが若干警戒されている気がする。
それが人見知りか、それとも全裸の不審者によるものかはさておき。
「そこにそのまま食べられる果物があるから食べてくれ。
その様子じゃ何も食べてなかったんだろう」
僕にいわれ彼女は隣に置かれていた果物に気が付く。
最初は警戒して置かれていた果物をツンツンしたり匂いを嗅いでいたが、食べられそうだと気付くとすぐに口にし始めた。
よほど空腹だったのだろう。
錬金術で無理矢理産み出した果物だからあまり栄養は無いかも知れないが飢えを満たすくらいは出きるだろう。
そして…、
「……今のうちにローブ着よう」
彼女が果物に意識が向けているうちにそそくさとオアシスから身を上げた僕は急いで濡れた身体にローブを纏うのだった。
…引っ付いて着にくい!
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