第2話 後悔は後から追ってくる
―幼い頃の景色が見える。
まだ僕が幼かった頃に母に抱き締められていた幸せな色。
僕は大きくて暖かな母の胸に包まれていた。
そして柔らかな微笑みを浮かべた母が幼い僕に問いかける。
「ねぇティオ?あなたはどんな魔術師になりたいの?」
「ぼく?ぼくはねー…あれ!あれになりたい!」
「あれ?」
幼い僕は夜空に降り輝く星を指差す。
「ぼくはお星さまになりたい!」
「あらあらー!可愛いわー!流石うちの子だわー!でも『お星さまになる』って言うのは不吉だからあまり言わないでねぇ!」
嬉しそうな母はまだ小さい僕の頭を思いっきり抱き締めてその大きな胸に押し当てる。
…本人は気づいてないけどこの時、窒息でお星さまになりそうだったんだよなぁ。
「いいティオ?あなたは時々言葉を省略したり、言葉選びを間違える癖があるから気をつけてね?言葉はしっかり分かりやすく言うのよー?わかった?」
「
幼い僕の体が窒息で『ビクンビクン!』と痙攣し始めたそのとき、懐かしい頃の夢は目覚めに消えていった。
◆●◆●◆●◆●◆
夢から覚めた僕は背を預けていた壁から体を起き上がらせようとして動きを止める。
「いっつ…変なところで寝たせいか体の節々が痛いな」
寝る前に創世の至言を試したため僕は研究室のど真ん中の壁で寝ていた。
結果はご覧の有り様だ。
「ふぅ…とりあえず失敗点の洗い出しを…………む?…」
起き上がろうとして手をついた部分に違和感を感じ取り僕は自身の手のひらに目をやる。
そこには手のひらにいっぱいに埃がついている。
さっき僕が手をついた場所には埃の代わりに僕の手のひらの形が刻まれていた。
それによりふと周囲に目をやると、そこかしこが埃が…というか僕が座っていた場所以外はホコリまみれなことに気が付く。
「うわ、最近掃除してなかったかな?まぁ創世の至言が出来てから実験とかばかりしていたし。
…とりあえず掃除からするか」
ホウキを取り出し床をはく。
本来は空を飛ぶためのホウキなのだが、どうせ地下に住んでいる今は関係なく、思いっきり床をはいて…そして気が付いた。
「イカンな…これじゃ一週間はかかりそうだ…」
はいてもはいても全く減らない埃から目を逸らそうとしたそのとき、ふと隣部屋の大型生物槽の中に入っているものが目に入る。
「…ああ、そうだ。手数を増やそう」
『ポン!』と手のひらを叩いた僕は大型生物槽の排水ボタンを押す。
すると中にあった保存液が自動で排水され、槽の中身が扉の開いた反動でこちらに倒れてくる。
「おっと」
すかさず受けとめた僕はそっと倒れないように槽の中から出てきた完成品のホムンクルスの彼女を椅子に座らせた。
これは創世の至言を作る過程で僕の細胞を元に作った実験用のホムンクルスだ。
僕と同じ…いや痛んでない分僕より綺麗な銀髪。
整った肢体に白い肌。
母さんに似た顔立ちで恐らく僕が女の子に産まれていたならこんな顔になっていたことだろう。
結局実験で使用することはなかったがどうせならこの体に魂を宿らせここのメイドにしよう。
そしてこの果てない掃除を手伝ってほしい。
通常、ホムンクルスに魂を入れる、または作った魂を入れるのは複数人の魔術師でやる高難易度魔術だがもはや魔術の深淵の一つに辿り着いた僕にその手間はいらない。
そう…『
「よし、じゃあやるか。
【レスティオルゥが命ずる!このホムンクルスの器に魂を入れろ!】」
僕の魔力が世界に混ざり込むのを感じる。
今回は正しく機能しているな。
そう思っていた僕の体に異変が起きる。
急に体の力が抜けて立っていられなくなり、意識も薄れていく。
「…こ…れは…いった…い…」
そして一瞬意識が手放されたのを感じ取る。
だが次の瞬間、何事も無かったかのように意識が回復した。
「…今のはなんだったんだ?」
頭を押さえながら起き上がろうとした僕は違和感にすぐに気が付いた。
声が…高い?
喉に手を当てていた僕はその腕を見て絶句する。
濡れた肌がとても白くまるで女の子のようで…、
その腕の後ろには見慣れない双丘とその先端のピンク色が目に入った。
「…ええ!?なにこれ!」
高い声で悲鳴をあげ思わず立ち上がる。
それにより今までの座っていたであろう椅子が音を立てて倒れた。
だが今の僕にはそれに対するリアクションをとる余裕はない。
…なぜなら僕の目の前に床にうつ伏せに倒れた僕がいるからだ。
……………えっ?どゆこと?
思わず大パニックに陥った僕は自身の体を…正確に言うなら倒れていない方の僕の体を改めて確認してみるとさっきのホムンクルスだった。
つまり僕は今、ホムンクルスの体に入っており、本当の体は床に倒れている。
「いやいやいや!?そんな馬鹿な!何でこんなことに!」
頭を抱えてブンブンと体を振る。
するとこの体の胸がそれに追従して右へ左へ。
「………………………」
慣れない感覚が気になって仕方がないため近くにあったローブを剥ぎ取り身に纏う。
標準よりもやや大きな胸はローブ越しでも浮かび上がるが、直視するよりは落ち着いた。
そして大パニックの頭のまま最大限の思考を重ねて僕は一つの答えに辿り着いた。
「…やっぱり原因はさっきの使った『創世の至言』しか思い当たらない。でもなんで僕がこの体に…」
必死に思考する僕の脳裏にふと夢でみた母の言葉が響く。
『あなたは時々言葉を省略したり、言葉選びを間違える癖があるから気をつけてね?』
その言葉に思わず飛び上がる。
「そうか!さっきの『創世の至言』を使ったときに『魂を入れろ』とは言ったけど『誰の』かを言ってなかった!だから近くにあった僕の魂が放り込まれた!」
ようやく答えらしい答えに辿り着いた僕は焦りながら再び『創世の至言』を使用した。
本当の体を取り戻すために。
…僕が言うのもなんだが、このとき僕はまず落ち着くべきだったと…今になって思う。
【僕の(入れ替わった)体をかえせ!】
割りと考え無しに発された言葉はすぐに効力を持ち床に倒れていた体が光りだす。
「やった!これで元通りに…」
輝いた体は徐々に光の強さを増し…そして…、
『パッ』と光が消えたかと思うと色彩を失った僕の体が砂になって崩れ落ちた。
驚きのあまり無言でその光景を見つめる僕。
だが今回の結果がどういうことかは自然と理解が出来た。
「…いや…確かにさぁ…『かえせ』とは言ったけどさぁ…誰が『土に還せ』っつったよ…」
膝から崩れ落ち手のひらをホコリまみれの床につく僕。
しかしもう色々後がなかった僕はすぐにこの失敗を補填するべく再度『創世の至言』を使う。
……何度も言うけどこのとき僕は落ち着くべきだった。
【レスティオルゥが命ずる!ここにあるモノを無かったことにしろ!】
三度使われる創世の至言。
三度目の魔力が世界に溶け込む。
その結果。
砂になった自身の体を含め、そこにあった物が全て『ポンッ!』と消失した。
研究施設も研究資料も研究成果も全て纏めて。
「…うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
どんどん悪化する事態に僕が悲鳴をあげていたそのとき、洞窟の天井や壁側から『ビキ!ベキ!』という聞きたくない音が耳に入ることとなる。
ここで一つの補足しておくと…ここは本来は何もなかったただの洞窟の壁だった。
それを僕の錬金術で研究施設へと作り替えていたのだ。
錬金術の基本は等価交換。
つまり壁から作り替えられ研究施設になっていた壁の場所には今は何もない。
今までのその施設でバランスを保っていた洞窟に大きな空洞が出来上がったらどうなると思う?
…答えは簡単…崩落だ。
「…ひゃぁぁぁぁぁぁぁぁぉぁぁっ!?」
もう一つ補足しておくと、勘違いする人間がたまにいるが別に不老不死だからといって死なないわけではない。
ただ老いず、栄養を取らなくてもよくて、病気にかからないだけで、岩に押し潰されたなら僕は呆気なく死ぬ。
つまりは…僕は死に物狂いで崩れる洞窟から逃げ出すのであった。
◆●◆●◆●◆●◆
――それから暫くして。
僕は何とか崩れる洞窟から脱出し、砂漠の砂の上で膝を抱えて座っていた。
後ろにはきっちり入り口まで崩れた元洞窟。
もう中にはいることは不可能だろう。
裸ローブで座っている僕は空を見上げると思わず涙が流れた。
「……もう『
悲しみ染めの僕の心とは裏腹に砂漠の夜空は…とても綺麗な星空だった。
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