大魔導師レスティオルゥの失言 -人類を滅ぼそうとしたらママになった-
星光 電雷
第1話 そして伝説になった(不本意)
―ここは多種多様な種族と魔物、そして剣や魔術に敷き詰められた異世界『セフィロト』
様々な種族達は個々の思惑はあれど、それぞれの特徴や得意分野を伸ばした成長を遂げ交流をしていた。
天使は神の信仰を集めるために宗教を布教し、ドワーフは武具をつくり、ドラコンは怠惰に過ごすか他種族を襲って力自慢をし、魔王は理由なく他種族を攻める。
何処にでもよくある異世界と言えるだろう。
各々がさまざまな感情を太陽の下で顕にしているそんな中、誰も近寄らない死の砂漠。
その地下深くで一つの感情を抱き続けた男が一人、歓喜の声をあげていた。
「…ははっ!ハハハハッ!やったぞ!遂に完成だ!」
魔術の実験のための道具に埋もれた部屋で両手を高らか上げた彼は笑い続けた。
それもその筈だ。
彼は100年の年月をかけて遂に悲願であった究極の魔術を完成させたのだから。
彼は今、およそ123歳。
この世界の人間はとても長生き…というわけではない。
この世界の人間族は少し特種な能力を持っている人間がいるのだ。
勿論能力は個人で違うのだが、その中の一つは公に知られている。
「大量の魔力を持っている人間はその魔力に魂が影響され不老不死になることがある」
そして彼もその特異な力に目覚め、老いることなく生きることが出来る人間の一人であった。
彼の名前は『レスティオルゥ』
百年前は名のある魔術師になるために魔術組織である『魔術協会』で研鑽を続けていた。
立派な魔術師だった母に憧れ、他人よりも少しハンデのあった彼だが真面目に努力を重ね、いつかは母と同じように魔術師になると彼自身もそう思い願っていた。
…あの日までは。
『レスティオルゥ、貴方を以下の容疑で魔術協会から追放します』
友人だと思っていた人間から覚えのない罪を着せられ、話したことのない者達から目撃者だと名乗られ、魔術協会から永久追放された。
彼の居場所は理不尽に奪われたのだ。
魔術協会から追い出された彼はそのまま表舞台から姿を消した。
産まれてから疑わなかった夢を奪われた彼にはもう誰も信じることは出来なかった。
唯一信じることの出来る大好きだった母には会わせる顔がない。
それ故に表の世界から去った彼の中に残ったのはどす黒い憎みのみ。
「…人間なんて…皆死んでしまえ!」
純粋な青年だったからこそ白色を失い、黒に染まる。
それからの彼はただただ魔術の研究に人生を費やした。
産まれつき多くの魔力を持っていた彼はまるで憎しみに反応したように不老不死になり、それからは食事すらせずに研究を続ける日々。
「人類は滅ぼすべき」…ただそう信じて。
そうして彼は今へと辿り着いた。
「試行も済んだ!効力も抜群!あとは僕が口にするだけで人間は滅ぶんだ!」
道を塞いでいる道具を押し退け彼は大きな水晶の前に立つ。
そこに映っているのは地上に住んでいる何も知らない村人達。
「そうだ、この僕の究極の魔術『
『創世の至言』―レスティオルゥの膨大な魔力を世界に流すことで口にした言葉の通りに世界を歪める究極の魔術。
彼の産まれたときから持つ固有の魔力だからこそ成せる彼だけの魔術。
「あとは拡声の魔術でこの世界全体に声を聞かせれば…僕の…」
『野望が果たされる』
そう言おうとした彼は額から流れ出た汗を拭う。
いつの間にか彼は体から出た汗で濡れており、体の熱は冷め、呼吸も荒くなっていた。
「…っ!…い、言えば良いんだ…!ただ『死ね』って…」
突然大きくなった鼓動に彼自身が動揺した。
…彼は本質的には優しい人間だった。
道を違えただけで本来ならばこんなことを願う人間ではなかったのだ。
だからこそ、ここにきて彼は足踏みをしてしまう。
「…どう…して!…あのときの復讐のために…僕はここまで…!」
ただ究極の魔術を作るだけなら彼の才能が手助けをしてくれるが根本的に彼は『人殺し』には向いていなかった。
しかしそれでもあのときの恨み以外はもう何もない彼は必死に凶行を行おうとする。
震える手を空いた手で抑え、震える声を大きな声で塗り潰して誤魔化した彼は拡声魔術と共に世界を作り替える魔術を使う。
【レスティオルゥの名の元に…命ずる!
ち、地上…人間……蔓延るものよ滅びろ!】
たどたどしくもハッキリと世界に人間の破滅を刻み込むレスティオルゥ。
この瞬間地上に蔓延っていたものが確かに滅びた。
魔力が消費されているのを感じ取った彼は一気に体の力が抜け近くの壁へと体を預ける。
「…はぁ…はぁ…僕は…」
百年前に誓った悲願を果たした彼。
だがそんなレスティオルゥの胸中には何もなかった。
達成感も罪悪感も焦りも憎しみも。
あったのはただ何かを失くしたような空白だけで。
「…そ、そうだ…どうなっているか確認しないと…」
思考も体も落ち着かない彼は立ち上がり先程の村を映していた水晶に寄りかかるように移動する。
滅びるようには言ったが実際にどのような出来事が起こるのかは彼も知らない。
そんな彼が現状を確認しようとみた水晶。
そこには彼の予想とは違った光景が映し出されていた。
「…誰もいない?」
先程まで少数ではあるがいた村人がいない。
「…跡形もなくきえた?」とレスティオルゥが首を傾げていたそのとき、激しく開け放たれた民家の扉から村人が顔を出す。
そして同じように向かいの扉から顔を出した知り合いの顔を見ると両手を天に挙げ涙を流しながら抱き合い始めた。
「…苦しくてお互いに殺してと懇願してる?」
状況がいまいち把握出来ないレスティオルゥ。
そのまま水晶に映る人数がだんだんと増えて行き、そして最後には村中の人間達が笑顔で踊りあうお祭り騒ぎにまで到達した。
…ここまでくれば察しの悪い彼でも彼らが元気で嬉しくて祭りを始めたという現実に気が付く。
「…少なくとも滅びそうではない。
…ということは…僕の魔術は…失敗したのか…」
宿願の成就はなく、百年の研究の成果はなかった。
だがさっきまで空っぽだった胸の中にあった穴がなくなり、自身の中に安堵の気持ちが沸いていることに気が付いたレスティオルゥは壁に身を預け腰を下ろし渇いた笑みを浮かべた。
「…はぁ…結局僕は…何がしたかったんだ…」
未だにぐちゃぐちゃの頭の中の整理はつかず、整頓中の彼は「とりあえず一旦寝るか」と寝室に移ろうとする直前で足を止める。
「…そういえば創世の至言はどうして機能しなかったんだ?」
使用した魔力が消費されたことは彼も感じ取っていた。
だからこそ彼は何も起きていないことに理解が及ばなかった。
「…今までの試験ではうまくいったが…そういう確率だったのか?」
「これまでは運良く発動していただけかもしれない」という疑念を抱いた彼はその場で改めて創世の至言を使用してみる。
【僕はすこし眠りにつきたい】
呟くように紡がれた言葉は世界に溶け込み、彼は徐々に意識が遠のくのを感じ取る。
(…やはり創世の至言は…機能している…でも…だったらどうして…)
自身の魔術の力を確認した彼はそのまま眠りについた。
『すこし』という曖昧な永さの眠りに。
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