第5話 特急便になりました
結果だけを伝えよう。
僕は砂漠で新たな連れを得て、何事もなく死の砂漠を脱出することができた。
食べ物やなんかは僕は空腹こそ感じるが、食べなくても死なないので連れの少女の分だけを確保すればいい。
彼女もまだ身体は幼いため少食であり、その辺の木になっている実を錬金術で果物に変えればちょちょいのちょい。
ここまでは順調だったのだ。
僕の記憶が正しければこの先には一つの小さな村があるはず。
とりあえずそこに辿り着こうとしていたんだ。
…ついさっきまでは!
今僕はエルフの少女を抱き上げ、全力で隠密に勤しんでいる。
音を立てないように。
木葉を踏まないように。
慎重に、慎重に。
なぜなら草むらの向こうにはとても危険な魔物がいる。
そして僕は攻撃魔術を使うことが出来ない。
火の玉を飛ばすとか、氷の柱を立てるとか産まれてから一度もやったことはない。
その原因は母との約束にある。
『いいティオ?貴方は魔力がとても多いから攻撃魔術はつかっちゃ駄目よ~。…えっ?何で駄目かって~?攻撃魔術は魔力を10とかじゃなくて5%とかで計算されるからたぶんあなたに攻撃された人は爆散するわぁ』
笑顔で爆散とか言われて泣いた記憶がある。
だから僕は攻撃魔術を使えないし、使ったこともない。
故に魔物に太刀打ち出来ない。
ならば見つからないように全力で隠れるべきだろう。
汗を流しながら必死に移動する僕の鎖骨のあたりを新たな連れであるエルフの少女がツンツンする。
「何してるの?」
「魔物がいるから避けて通ってるんだ。大声を出さないように頼むぞ」
「わかった」
こちらの話をしっかりときき頷いた少女。
賢い子で助かった。
しかし何故か彼女はまだ魔物の方を見て首を傾げている。
そして指を指した少女が恐ろしい名を口にする。
「あれ…スライム」
「もうすぐ村に着くからね!!!」
危険な魔物がこちらに気付かないように声を潜ませるよう改めて促す。
僕に抱き上げられたままの少女は「…スライム」と何か言いたげな表情だったが…、この子の安全のために黙って集中するのだった。
奮闘する事17分。
僕は窮地を脱した。
◆●◆●◆●◆●◆
最大の危機も無事去り、なんとか僕と少女は一番近場にあった村『オルカ村』に辿り着いた。
たいした名物もなく農業くらいしか取り柄のない辺境の村。
ここでなら空き家の一つでもあるだろう。
そう思っていた僕の思惑は想像以上に粉々に打ち砕かれた。
「な、なんだこれ」
「すごく大きい」
僕らの前にはとても大きな壁。
町を守るための巨大な防壁が聳え立っていた。
「村おっきい」
「これは…道を間違えたか?だがこのあたりには他に何も無かったはず…」
久しぶりに外に出たがための案内間違いを自身に疑い始めたそのとき、大きな門から衛兵らしきもの達がこちらに歩いてきた。
「君たち!見たところ難民のようだが身分証はあるのかね?」
「あ、無いです」
「そうか、まぁ危険な人物が入らないようにするための措置だから名前とかを駐屯所の方で書き留めさせてくれれば入れるよ」
「分かりました。あっそれとこのあたりにオルカ村ってありませんでしたか?道を間違えたみたいで…」
「…はぁ?」
親切そうなおじさんだったのでついでに道を尋ねたが何やら訝しげな表情でこちらを向く。
「お前さんいつのことを言っておるんじゃ?」
「…はい?いつのって…」
「ここがオルカだぞ。ただしオルカ町だ。
村だったのは数十年前だ」
「…えっ!?」
驚きに再度周りを見る。
この間、水晶で見た時はこんなではなかったのに!
そして訳の分からないまま僕と少女は駐屯所の建物に入り込む。
「…とりあえずここから出たら何があったのか調べないとだな」
机前の椅子に腰掛けながら僕が呟いていたそのとき、さっきのおじさんが書類と筆記道具を片手にこちらに戻ってきた。
「またせたな。じゃあ簡単に身元を聞いていくから答えられるものだけ答えてくれ」
「わかった」
「じゃあまずは名前からだ。君の名前は?」
「僕の名前はレスティオルゥだ。こちらの子はまだ名前がない」
椅子に座って書類を見ていた「ピクッ!」と反応して顔をあげこちらを見る。
「…なんだって?」
「だからレスティオルゥだ」
「ははは!そんなわけないだろう!ははは!」
「ははは!いやいや本当にレスティオルゥだ」
「「 ははははははははは! 」」
ゆらっと起き上がったおじさんが「ピーーーーッ!!」と笛を吹く。
「確保ーっ!!!」
「…えええぇぇーーー!?」
◆●◆●◆●◆●◆
―突然怒ったおじさんが僕と少女を縄でぐるぐる巻きにして縛り、そのまま僕達は馬車に乗せられて運び出された。
御者の話ではこのまま国王のところへと運ばれて尋問させるそうだ。
…なんでやねん。
僕の横では縄でぐるぐる巻きの体で馬車に揺らされ転がっているエルフの少女が何かこちらをジーッと見ていた。
…すまない、僕にも状況が皆目検討がつかない。
「…ん…」
裸ローブの上に縄が巻かれているからいろいろ食い込んで痛いのを我慢しつつも僕は状況を必死に整理した。
そしてそれから30分後、僕は結論を出した。
「…そうか、よくよく考えれば僕は指名手配されていてもおかしくはなかった…」
そも僕の「創世の至言」は影響を与える対象に声を聞かせなければならない。
人を対象にするならその相手に。
場所や範囲を指定するならそれらに。
そして人類に影響を与えるなら全ての人か、もしくはそれが存在する世界に。
だから僕は人類を滅ぼそうとしたとき拡声魔術で世界中に声を届けたのだ。
だが裏を返せば全ての人類が僕の声を聞いていることになる。
『滅ぼせ!』という声を。
とくに魔術師たちならたとえ原理は理解できなくとも魔術の性質は解き明かせる。
つまり僕は人類を滅ばそうとした極悪人だと周知されていても不思議ではなかった。
そしてそんな極悪人の名前なんて名乗ればこの対処もやむなしに思える。
「つまり僕はこれから本物の犯罪者かどうか確かめるために王様のところに連れていかれているわけか」
なんとなく現状は把握した。
あとは…、
僕は馬車内を転がっているエルフの少女を見る。
「?」
なぜ見られているのか不思議そうな彼女を見ながら僕はため息を吐いた。
「…僕が捕まるのはともかく、この子だけは逃げられるようにしないとだな」
後ろ向きな決意を胸に僕は王城の門をくぐる馬車から外の景色を見るのだった。
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