7月17日 夕

「早水~~! 迎えに来てくれたの⁉」

「うん! おねえちゃんといっしょに帰りたかったから!」

「早水~~~~‼‼」

なんて良い妹なんだろう! お姉ちゃん感動! 私は急いで帰り支度をすべく、ロッカーからボストンバッグを取り出した。チャックを開く。リュックのようにボストンバッグを背負ってから、皿とカップを下げに厨房へ向かう。早水も一緒だ。

「お行儀良くしてるのよ。みんなお仕事してるから」

「はーい! わかりました!」

 元気に返事をして、それからは一言も話さず暴れない。よくできた妹である。私は厨房に入り大量の食器で溢れかえる洗い待ちスペースに、自分の皿とカップを重ねた。

「早水、大丈夫? 足痛くなったりしない?」

 家までは電車で一駅。店から駅まで大人の足で十分ほどだ。私は早水の身体を気遣う。早水は「へいき~!」と元気そうに答えた。かわいい。

「ねぇ早水。喉渇いたらジュースあるからね」

「わ~~い!」

 駅に着いてから、しまったと思う。居眠りしていたせいで帰宅ラッシュの時間に鉢合わせてしまった。バッグを一度下ろし、前で抱える。既にぎゅうぎゅうな車両に背中から突入し何とか身体をねじ込ませた。ドアが閉まった瞬間、奥へ奥へと働いていた力が弛緩し、私はドアに押しつけられる。

「大丈夫、早水? 苦しくない?」

「へいきだよ、おねえちゃん。やさしいね」

小さな声でした質問に、小さな返事が返ってくる。えへへ、と早水は笑い声をあげる。

「わたし、おねえちゃんのことだーいすき」

 内緒話を楽しむみたいなひそひそ声。幸福感で思わずにやけてしまう。私は早水の耳元辺りに口を近づけて、さっきよりも小さく囁く。

「私も大好き」

 誰かが暑さに耐えかね窓を開けた。電車の暴力的走行音が他の乗客の話し声をかき消す。安定した圧倒的騒音が、むしろ静寂を感じさせる。私の言葉は早水にしか届かない。

「私はずっと、早水のお姉ちゃんだから。ずっと、ずっと、早水のことが大好きだよ」

 腕に力を、一言一言に想いを込めて、宣言する。早水が嬉しそうに微笑んだ気がした。

 その時、電車がカーブに差し掛かる。車両にかかるGに合わせて、私はまたドアに押しつけられる。私の身体が、バッグを押し潰す。メキッとペットボトルが潰れる音がした。

 電車を降りた私は、バッグを左手にぶら下げ歩き出す。駅構内、自販機の横にあったゴミ箱に空のボトルを投げ入れた。

 駅近のデパートで惣菜と冷凍食品、早水用のオレンジジュースを買い込む。

 会計した商品をボストンバッグに詰め、背中に背負う。デパートを出ようとした時、出口近くの旅行品フェアに目がとまる。気づいた店員が話しかけてくる。

「いかがですか! 普段使いもできますし楽ですよ?」

 店員は私の膨らんだバッグを見て、展示されているキャリーバッグを薦めてきた。私はそれを受け取り、何度か地面を滑らせる。確かに楽だ、荷物を運ぶには便利かもしれない。

「うーん……また今度にします」

 でも駄目だ。私はキャリーバッグを店員に返して、今度こそデパートを出る。

 バッグは変えたいが、さっきのは論外だ。分厚くて丈夫過ぎるし、身体からも離れすぎる。

 あれじゃあ、中の声が聞こえない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る