第41話スクールフェスティバル!②
ドロシーの町が嵐に襲われて暗転。
僕は、背景をすーと横にひいて、めくる。次の背景は、マンチキンの国。
ギャーンと、歪んだエレキギターの音が響き渡る。それに、ドラム、ベースが重なると、しゃがれた声のシャウトが耳をつんざいた。
ステージがパッと明るくなる。
「東の魔女は死んだ!」
ダメージジーンズにドレッドヘア、目の淵を真っ黒に染めた彼女は、西の魔女だ。
バンクロックに合わせて、妖精たちが躍った。
立ち見まで埋まった客席からは、歓声が起こる。
二年三組クラス演劇「パンク・オズ」の第一回公演は大盛況だ。
「あー、緊張してきたー」
後ろにいた司が、僕の背中をつついてきた。彼は、金髪の顔に稲妻のシールをつけたまま、落ち着きなく動き回っている。ブリキ人形の出番は、もう次のシーンだ。
「ここまでみんなミスしてないよ」
「うわ、プレッシャーかけやがって」
司が僕を抱きしめてきたので、つかんでいた背景がぐらぐら揺れた。
「やめろって。さあ、出番だ」
僕は、背景をめくった。次は、司が扮するブリキ人形が登場する森だ。
ステージに光が灯ると、直立不動の司が真ん中にいる。
そこへ、瑞希。
「俺に油をさしてくれ」
瑞希が、司の間接に油を指す動作をする。
すると、ラップミュージックが流れた。それに合わせて、ガチガチだった司がゆらゆら揺れる。
客席は、大爆笑。僕も笑った。
ステージに立つ司に緊張の色は全くなかった。瑞希と息の合った掛け合いをしている。それが、微笑ましい。
それを見ていて、ふと思った。あの時、もし、瑞希に告白されていたら、どうしただろう。彼女の気持ちを汲み取ったうえで、しっかり自分は好きではないということを伝えられただろうか。いや、戸惑った挙げ句、返事を先延ばしにしてしまったかもしれない。そうしたら、余計に彼女を傷つけてしまうことになった。いろいろな恋愛に向き合った今なら、それがわかる。
やはり、僕の能力は、神様からの忠告だったのだろう。そういうのに疎い僕に、ちょっとは勉強しろよ、と。そう言われたのかもしれない。
「ごめん。代わってもらって」
声をかけられ振り返ると、もともと背景をめくる係だった遠藤くんがいた。
「あれ、午前中いっぱいは来られないんじゃなかったの?」
「いや、もう出番が終わったからいいの」
「出番? なんかに出てたの?」
「いやいや、俺じゃなくて。一年生で結成された文化祭限定アイドルユニットのステージ。その時間が急遽変更になって、福本には迷惑かけたよ」
ははあ、なるほど。そういうことだったのか。
「その中に好きな子がいたの?」
「いやあ」
遠藤くんは恥ずかしそうに顔を赤らめて、手を振った。
「好きっていうか、推しな子はいたけど」
その子に恋愛感情があるのか、もう今の僕にはわからない。でも、文化祭限定ユニットの一年生なら、ただの後輩だ。特別な気持ちがあるなら、頑張ってほしい。
「じゃあ、あとは任せたよ」
「助かった」
仕事を遠藤くんとバトンタッチすると、僕は客席へ向かった。やっぱり、正面から見たかった。
教室の後ろで、水島くんが楽しそうに音楽を操作していた。やっぱり、彼は音楽が好きなのだろう。
僕はその隣で、ステージを見た。こちらから見ると、お客さんの反応がよくわかる。思わず「きゃっ」と声を上げてしまったり、顔をクシャっとして笑っているお客さんを見ると、これまでの頑張りが認められているようで、今までに味わったことのない高揚感が込み上げてきた。
背景がカンザス州の村に戻って、幕が閉じた。
客席からは、大きな拍手。その後、演者たちは、カーテンコールにこたえた。
お客さんは、みんな笑顔で教室を後にしていった。でも、この感傷に浸ってはいられない。三十分後に第二回公演が始まる。
数分もしないうちに、次の公演を見るためにお客さんが集まりだした。その中にひときわ背の低い子供たちが一列になって入ってくるのが見えた。
あ。
それは、水島ブラザーズだった。真央を先頭に、彼らはきょろきょろしながら教室に入ってきた。僕は、そんなブラザーズに駆け寄った。
「あ、まさと!」
隆史が僕を見つけて指さした。
「みんなで来たの?」
「バスで来たの」
末っ子の加奈が言う。
水島家からここまで来るには、バスを乗り継がなければいけない。だから、決して楽な道のりではないはずだ。
「真央が連れてきたの?」
「うん」
真央が元気よくうなずいた。
小学五年生である長女の真央が、弟と妹を連れてここまで来たのだ。
そこへ、驚いた顔の水島くんがやってきた。
「あ、にいに」
「お前ら、どうしたんだ」
「来ちゃった」
真央が茶目っ気のある顔で言った。
水島くんは、弟たちが来ることを知らなかったのだ。子供たちだけでここまで来たことに驚いているようだった。
「勝手にこんな遠いところに来ちゃ、ダメじゃないか!」
「だって、にいにが、音楽流すんでしょ」
「そうだけど」
「にいに、見たかった」
加奈がそう言うので、水島くんはそれ以上叱れなくなっていた。
次の公演まで、もう時間がない。
水島くんは、弟たちを客席に座らせて、音響スペースに急いだ。僕は、またしても、彼の隣で会場全体を見渡す。
「真央がみんなを連れてきたんだって。やるね」
「ほんと、びっくりだよ」
「来るって言ってなかったんだ」
「まったくね。まあ、前もって聞いてても危ないからやめさせただろうから。あいつらそれがわかってたから、俺に言わなかったんだよ」
そう言う水島くんは、嬉しそうだった。兄弟の成長を間近にしたのだ。やっぱり、何か感じることがあるのだろう。
客席で行儀よく座るブラザーズを眺めていると、そこへ川村さんがやってきた。彼女に気付いた兄弟たちは楽しそうにはしゃいでいる。
「川村さん、お姉ちゃんみたいだね」
「うん。ずっと世話になっちゃってる」
「あのさ」
「ん?」
「弟たちがいるからって、なにも自分を全部犠牲にしなくてもいいんじゃない?」
「どういうことだよ」
「川村さんのこと、好きなんでしょ?」
水島くんは答えない。
「言ってたよね。俺には弟たちがいるから付き合えないって。でもだからって、自分のしたいことを全部あきらめることないんじゃない? あの子たちだけで電車乗ってここまで来れたみたいだし。ほら、こう見ると、真央もいいお姉ちゃんじゃん。あの子たちも、ちょっとずつ大人になってるんだよ」
水島くんは、妹たちを見つめていた。
「それに、水島くんの幸せは、真央や隆史、加奈の幸せでもあるんじゃない?」
ここに来た水島ブラザーズは、幸せそうだ。お兄ちゃんの活躍を見れることに、喜んでいるのだ。
「川村さんって、俺のことどう思ってるんだろう」
水島くんが、つぶやくように言った。
川村さんは水島くんのことが好き。水島くん自身もそれを知っているはずだ。
もしかしたら、水島くんの行動を止めているのは兄弟たちではないのかもしれない。
「改めて確かめてみるのも悪くないと思うよ」
僕は、水島くんの顔を覗き見た。彼の視線の先には、川村さんがいる。
客席は、またしても、立ち見まで埋まるほどのお客さんで満たされている。
「さあ、時間だよ。始まりのブザー」
僕は、水島くんの背中をたたいた。
「今回も満席だね」
ビーッとブザーが鳴って、客席がわっと活気づく。
第二回公演が始まった。
十二時。
第二回公演の成功を見届けた僕は、手持無沙汰に校内をうろうろとしていた。
梨々香の出るミスコンテストは、十三時半からだし、クラス演劇の午後の部も十四時からだ。水島ブラザーズの面倒を見るのも楽しいかなと思ったが、兄弟たちは水島くんと川村さんに連れられて、楽しい文化祭へ消えていってしまった。
昼休み。僕は、ひとり取り残されていた。
お化け屋敷、メイド喫茶、迷路、縁日、と楽しそうな催しが並んでいる。だが、どれも在校生ひとりで入るにはかなりの勇気が必要だった。僕には、とても一人で参加することはできなかった。
廊下を歩いていると、二年一組の前に来ていた。「201シネマ」と謳われたクラス映画の次の回は、今から十分後だった。ちょうどいい、と思って、僕は中に入った。
教室の中は、僕たち三組と同じく暗幕が張られていて、スクリーンにはメイキング映像が映し出されていた。三十席ほど用意されていた椅子には、十人ほどの先客がぽつぽつと座っていた。
僕は、廊下側後方の席に座る。
この映画の撮影現場に、一度、来たことがあった。登場人物が病気を告げ、その周りの友達がそれに驚くシーン。僕は、そこでリアルな恋愛の渦に巻き込まれた。
清水くんと工藤さんの付き合いは、続いているようだ。清水くんは、クラスメートの遠坂さんのことが好きだったが、その恋が叶わなかった。そして、そのとき想いを告げられた工藤さんと付き合った。清水くんは、瑞希と同じ流れで、工藤さんのことを好きになったのだろうか。それとも、自分の気持ちに蓋をするために、工藤さんを利用しているのだろうか。
周りの人の頭の上から文字が消えてしまった今、僕がそれを確かめることはできない。でも、いずれにせよ、二人が付き合いを続けているということは事実だ。それが、素晴らしいことであっても、不誠実な事情があっても、その事実は変わらない。
二人が幸せであれば、いい。僕はそう思った。余計なことは知らなくていいのだ。
上映開始まで、あと数分と迫っているが、客足はあまりいいとはいえないようだ。僕がここに来たときと変わらず、空席が目立っている。
主要人物がそれぞれカップルでは、それを見たくないという人もいるのかもしれない。スクリーンに写っているメイキング映像も、ルックスのいい男女がきゃっきゃしていて、嫉妬という感情を抱かれてもしょうがない仕上がりになっている。
「隣、いい?」
後ろから声がして振り向くと、そこには、横山さんが立っていた。
「あ」
彼女は後ろのドアから入ってきたようだ。不意に、横山さんから声をかけられたせいで、間抜けな声が出てしまった。
横山さんは、そんな僕の反応に表情を変えないまま、隣の席に座った。
「映画、観るの?」
「じゃなきゃ、ここに来ないでしょ」
声をかけてきた割に、冷たい。なんて思っていたら、映画が始まった。
二十分くらいの物語だった。
結果から言ってしまうと、ちょっとつまらなかったかもしれない。テレビドラマのよくあるいいシーンをつなぎ合わせたようなストーリーには、脈絡が薄く、カメラワークがほとんどない定点カメラのみの映像は、物足りなさを感じるものだった。
でも、僕は、観てよかったと思う。素人の高校生が作るものなんてこんなものだろうし、なにより、楽しそうに作っているという様子が伝わってきた。
隣の横山さんは、どう思ったのだろうか。表情が変わらないのでわからない。
僕は、横山さんと一緒に教室を出た。
「福本くん、ちょっと時間ある?」
十二時半。ミスコンテストまで、まだ時間がある。
横山さんに連れられて向かった先は、三年一組がやっているメイド喫茶だった。
「別に、座れればどこでもよかったんだけど」
横山さんはそう言って、僕の向かいの席に座った。彼女とあまり話したことがない僕は、どう接するべきかわからないでいた。
「さっきの映画、ひどかったね」
僕が黙っていると、横山さんが言った。口調が平坦なので機嫌を損ねているのかと思ったが、口元が少しだけ緩んでいた。
だよね、と僕もくだけたように言う。
「みんな、キラキラしてたけど」
「確かに、そうだね。あの、小さいほうの男の子は、ちょっと演技上手だった」
小さいほうということは、清水くんのことだ。彼は、派手な演技をしていなかったが、見る人から見ればお芝居が上手だったようだ。
「いらっしゃいませ」
僕らのもとへメイドが来た。
メニューを手にしながら、顔を上げると、綺麗な顔をした男子生徒がメイド姿でメモとペンを手にしていた。
「あ、屋島先輩」
僕は、思わず声を漏らしてしまった。その中性的なメイドは、緑川先輩の元カレである屋島健人先輩だった。
「僕のこと知ってるの?」
僕は屋島先輩のことを、一度、遠目から見ただけだった。当然、先輩は僕のことなんか知らない。
「あ、美術の作品を見て」
そう言うと、先輩はぱっと明るい表情をした。見惚れるほど、綺麗だった。
「そうなんだ。うれしいな。ありがとう」
先輩から感謝されると、ちょっと照れくさかった。
「ご注文は?」
「僕はホットドックとオレンジジュースで」
横山さんを見ると、彼女は「同じもので」と言った。
「きれいな男の人だったね」
横山さんが言う。今日の彼女は、少し口数が多いようだ。いや、僕が知らないだけで、横山さんはもともとよくしゃべる人なのかもしれない。
「うん」
横山さんと二人きり。慣れない空気に、僕はまだ少し戸惑っていた。
「福本くんには感謝してる。ありがとうね」
突然のそれに、僕はちょっとびっくりした。
「僕、感謝されるようなことは、なにも」
「私を助けてくれたでしょ。あきちゃん――水島くんから聞いたよ。福本くんが、私にもう一度、台本を書かせようとしてくれたって。三島先生のところ行って、私の小説のコピーをもらったのも、福本くんなんでしょ? 私、あれに救われた。あれが無かったたら、今頃どうなってたか。たぶん、物語はもう書けなくなってたし、もしかしたら学校やめてたかもしれない」
ホットドックとオレンジジュースが、二つずつ運ばれてきた。ホットドッグを一口、口に入れると、パンがサクサクでおいしかった。
「僕も横山さんには、感謝してるよ」
「私の方こそ、福本くんには何もしてない」
「無理言ったけど、一日で、素晴らしい台本を書いてきてくれたじゃん。それは横山さんにしかできないことだし、それが無かったら、今ごろ、二年三組は空き教室だったよ。今日の劇の成功は、横山さんなくしてありえなかった。ありがとう」
横山さんは、恥ずかしそうにちょっとほほ笑んで、ホットドックに口をつけた。
「おいしい」
「だよね」
僕たちは、ささやかに笑いあった。僕は、横山さんの笑顔を、間近で初めて見た。クールな人だと思っていたけど、隙のあるその表情にはえくぼができていて、素敵だった。
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