第33話桐谷梨々香②
梨々香から連絡があったのは、土曜日の昼下がりのことだった。
学校を休んでいるという罪悪感もなく、休日をぼんやりと過ごしていると、スマートホンがメッセージの到着を告げた。
スマートホンを手に取った僕は、画面を見るなり、思わずそれをベッドに向かって放り投げてしまった。まさか梨々香からのメッセージだとは思わなかったので、画面に表示された『桐谷梨々香』という文字を見て、過剰でびっくりしてしまったのだ。
ベッドの上に裏返しになったスマートホンを、おそるおそる取り上げた。
『大丈夫?』
メッセージはそれだけだった。
梨々香のメッセージにしては質素すぎると思った。普段の彼女であれば色鮮やかな絵文字が必ずくっついているはずだが、今回はそれがない。
『何が?』
僕も、絵文字無しにそう返す。
『学校休んでたみたいだから。昨日、学校で瞳ちゃんに聞いて知ったんだけど』
梨々香は、昨日学校に出席したみたいだ。そこで、僕の欠席が続いていることを知ったようだ。
本当なら、君のせいで大丈夫じゃないんだ、と言ってやりたかった。梨々香とのせいで今までに抱いたことにない感情が芽生え、それを対処しきれずに僕はこうなっている。でも、梨々香は何も悪くない。
『ちょっと、体調崩しちゃって。でも、大丈夫』
そうやって、嘘をつく。
『もう治ったの?』
『ばっちり』
親指を立てた絵文字もメッセージに添えた。
『それより、昨日、学校行ったんだね』
嘘を見破られたくないので、僕は、強引に話を変えた。
『午前中だけね。午後からは撮影だった』
そのメッセージの後で、写真が追加された。
スタジオってところだろうか。その写真の中央には、教室のセットが収められていて、それを囲うように、驚くほど多くの撮影機材や照明が置かれていた。
『舞台裏ってやつだね』
『最近、ずっとここにいる。笑』
やっぱり、梨々香はもう住む世界が違う。その写真は、それをまざまざと思い知らされる一枚だった。
それから、数分、メッセージが途切れた。
その間、僕は、梨々香がこんなメッセージを送ってきたわけについて考えていた。
国語科準備室で僕は、涙を流してしまった。それを梨々香に見られたくなくて、僕は逃げるようにそこから出て行った。
梨々香とはそれ以来、顔を合わせていない。
本来であれば、二人の間には微妙な壁が出来ているはずだ。お互いに気まずくなって、会話ができない状態。僕と梨々香は、それにあたる。
でも、梨々香はこうして僕を心配するメッセージを送ってきた。
今、それを喜んでいる自分がいる。喜んでも、梨々香とはどうなることもできないのに。
だから、僕は梨々香からのメッセージなんて欲しくなかった。彼女のことなんて、いっそのこと忘れたいぐらいなのだ。
そんなことを思っていると、また梨々香からメッセージが届いた。
『明日の日曜日、ひま?』
梨々香は、僕の明日のスケジュールを聞いている。
僕は、そのメッセージに目を細めた。いったい、どういう意味なのだろうか。暇なら、なんだというのだ。
僕の中に、変な期待が込み上げて来る。
『暇だけど』
僕は素直にそう返す。今のところ、明日の予定はない。
それからして、また五分ほど、メッセージが返ってこなかった。僕は、その間、ずっと画面にくぎ付けになっていた。
ぱっと、メッセージが追加される。
『デートしてあげる』
僕は、固まってしまった。
目の前に現れた平仮名とカタカナの羅列の意味が、すぐにはのみ込めないでいた。
――デートしてあげる。
デートとは、男女が二人で町に繰り出すあのデートなのだろうか。それとも、デートという言葉に、最近違う意味が追加されて、梨々香はそっちの意味でデートという言葉を用いているのだろうか。
どう考えても、梨々香がこの状況の中で、僕をデートに誘うのはおかしい。
僕は、メッセージを打つ指を動かせないでいた。聞きたいことがありすぎて、どんな文章を返すのが適切なのかわからないでいた。そんなことをしていると、新たにメッセージが追加されてしまった。
『嫌なの?』
僕は、とっさに指を動かす。
『そんなことない』
送信。
『じゃあ、明日の朝十時に駅の改札口に集合ね!』
結局、何も聞けないまま、梨々香とのデートが決まってしまった。
『私もう撮影に入るから、しばらく連絡できなくなるよ。じゃあ、また明日ね。遅刻したら、絶対許さないから笑』
一方的だった。
梨々香は何を考えているのだろうか。普段も、突拍子のない行動にでる彼女だが、今度のことに関しては、本当に理解不能だ。
もしかしたら、僕に気を遣ってくれているのかもしれないと思った。あなたに恋愛感情はないけど、友達としては嫌いじゃないから遊んであげるよ。そういう意味だろうか。
それなら余計なお世話だ。こっちは、梨々香のことを忘れたいとすら思っているのだ。
僕は『本気?』とメッセージを送った。
しかし、梨々香がそれを確認しないまま、日曜日の朝を迎えてしまった。
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