僕に能力がなければ

第16話僕に能力がなければ①

 梨々香が他クラスの恋愛事情を持ち込んできたのは、夏休みに入ってちょうど一週間が経った頃だった。

 夏休みに入っても、僕は、文化祭の準備や補習授業のために、毎日学校に足を運んでいた。梨々香は、補習授業がないようで、モデルの仕事がないときは国語科準備室に入り浸っていた。

 その日も、僕が午前中の補習授業を受け終え、国語科準備室に向かうと、そこに背景画を描いている梨々香がいた。

「やってるね」

「おっつー」

 彼女は作業に集中しているようで、僕の姿を確認することなくそう返した。

 僕も荷物を置くと、早速作業に取り掛かる。

「補習はちゃんと行ってるの?」

「うるさいな」

「心配してあげてるのに」

「余計なお世話」

「お世話は余計なくらいがちょうどいいの」

 芸能活動で学校にいないことが多い梨々香に、テストの点数で負けているので、彼女に心配なんてされていたら、こちらの立場はない。

 背景画はやっと二枚が完成したところだ。あと一カ月とちょっとで五枚を仕上げないといけないと思うと、少しペースが遅いのかもしれない。

 それでも、僕たちはマイペースに作業にあたっていた。

「一組の工藤雪子くどうゆきこちゃんって知ってる?」

「あのミスコンにエントリーしてる?」

「そうそう。真人くん、ちゃんとチェックしてんだね」

「広報がちゃんと仕事してるだけでしょ」

 わが文化祭のミスコンは、毎年イベントの目玉になっているようで、夏休み前から大きなポスターが校舎のあちこちに貼られている。

 二年一組、工藤雪子。その女子生徒も、顔写真と簡単なプロフィールが公けにされていたので、僕はその存在を知っていた。

「ユキちゃんとはミスコンの打ち合わせで仲良くなったんだけどね。話してるうちに、相談受けてね」

 梨々香が工藤さんから受けた相談は、恋愛についてだった。

「ユキちゃん、同じクラスの清水くんのことがずっと気になってたみたいなんだけど、文化祭の準備でずっと一緒にいたら、その気持ちが抑えられなくなっちゃったらしくて」

「それで、告白しようって、考えてるの?」

「そういうこと」

 一組はクラスの出し物のために、自主製作映画を撮っているようで、工藤さんと清水くんはそろってその主要キャストだそうだ。

「でも、今、告白して失敗したら、まだ撮影が残ってるから気まずくなっちゃうって」

「じゃあ、文化祭終わってから告白すればいいんじゃない」

「そうなんだけど。ライバルがいるんだって」

「ライバル?」

 どうやら、状況はそう簡単ではないようだ。

「その清水くんって男の子がね。同じ演者メンバーの遠坂さんって子といい感じなんだって」

「いい感じ?」

「いつも仲良さそうに話してるって」

「その遠坂さんも、清水くんのこと好きなの?」

「それはわからないみたい」

 要は、工藤さんに自信がないのだろう。清水くんが自分でない他の人に恋をしているかもしれない。だから、告白して失敗するのが、怖い。でも、他の人に彼を取られることも怖い。それで、どうしていいのかわからなくなっているのだ。

 梨々香が僕にこんなことを話してきた理由は、明白だ。

 僕には、この問題を解決する力がある。

 それぞれの頭上に浮かぶ名前を確認して。はい、終わり。

 簡単な話だ。

「それで、僕たちが力になろうってこと?」

「うん」

 川村さんと水島くんの一件以降、僕たちはクラスの中で二組のカップルを誕生させていた。そのそれぞれが、既に両想いであったペアだ。しかも、川村水島ペアほど複雑な事情がなく、文化祭の準備で距離が近かったのもあって、簡単にカップルになった。

 その二組は、幸せになるべくしてなった。僕たちは、その手助けをしたまでだ。

 だから、僕はなんの迷いもなく、能力を発揮できた。

 でも、今回のことには、それとは違っていて、どこか引っかかることがあった。

「清水くんに、工藤さんのことが好きかもしれないって思える行動とかないの?」

「脈ありかってことだよね。うーん。毎日、連絡は取り合ってるみたいだけど」

「他には?」

「ユキちゃんの勘違いかもしれないけど、話してると清水くんがいつもより笑顔が多い気がするとか。ラインの返信が早いとか。好きな音楽が同じとか。そんな話は聞いたけど」

 すべて、好感触だが、それだけで脈ありか判断するのは難しいものばかりだ。でも、そのひとつひとつに、工藤さんは一喜一憂して、ドキドキしてるのかもしれない。

 僕が、清水くんの気持ちを知るのは簡単だ。でも、それは、工藤さんの一瞬一瞬のときめきを台無しにする可能性もある。

 僕は、それらの考えをすべて梨々香に話した。それを聞いた彼女も、何か思うことがあったみたいで、しばらく黙り込んでしまった。

「確認するだけしてみない?」

 梨々香が言った。

「結果を知ってから、また考えるってこと?」

「うん。それで両想いだったら、話は早いわけだし」

「そうだけど」

 果たして、僕たちは、それらの恋愛模様を知って、適切な判断ができるだろうか。

 しかし、これも乗りかかった船。

 僕たちは、映画を撮影しているという、二年一組へと向かった。

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