第13話クラスのみんなを幸せにしよう大作戦④

 同じ作戦は通用しなかった。

 男子三人でいる水島くんを一人にしようと、また、梨々香が乗りだして行ったが、他の二人はその場から離れないようだった。

 前回ので、梨々香の話に大した期待はできないと思ったのだろう。

 だから、僕たちは、水島くんが一人でいるところを狙うしかなかった。

 放課後。

 僕と梨々香は、水島くんが一人になる瞬間を逃すまいと、目を凝らしていた。

 はずだった。

 しかし、なかなかそれができなかった。いつも、気づいたら、水島くんはいなくなっているのだ。帰りのホームルームが終わり、さあ、と意気込み教室内を見渡すが、既に彼の姿はなかった。

 それから三日が過ぎた、そこで水島くんがホームルームの時点で教室にいないことがわかった。彼は、さぼりを働いていたのだ。

「まったく。おとなしい顔してやるなあ」

 それがわかったとき、梨々香がそうつぶやいていた。なんだか、わくわくしているようだった。

 その翌日。僕たちもホームルームに顔を見せず、最後の授業が終わると、駐輪場で水島くんを待ち伏せすることにした。彼が、自転車通学だという情報は、前もって入手していた。

「あ、もういないよ」

 授業が終わってすぐ、梨々香が僕のところへやってきた。

 水島くんの席を見ると、確かに彼の姿はもうなかった。

「いつ、出て行ったんだ?」

 二人でこっそり教室を抜け出し、地下にある駐輪場へ向かう。

「悪いことって、なんだかドキドキするよね」

「楽しんでるでしょ?」

「ばれた?」

 梨々香は、階段を一段飛ばしで駆け下りていく。僕は彼女の背中を追った。

「真人くん、いたよ」

 駐輪場へ到着すると、自転車の前かごにスクールバックを置いた水島くんがいた。

「間に合ったね」

「ねえ、秋良くん!」

 少し離れたところから、梨々香が声をかけた。

 水島くんが、僕たちに気づく。僕たちは、彼のもとへ駆け寄った。

「二人とも、どうしたの?」

「ちょっと、水島くんに用があって」

「てか、秋良くん、なんでこんな早く帰ってるの?」

「ちょっと、いろいろあって、急いでるんだ。だから、ごめん。その用って、明日にしてもらっていい?」

 水島くんはそう言うと、自転車にまたがり行ってしまった。

 彼は言葉通り、かなり急いでいるようだ。

「行っちゃったね」

 梨々香が言った。

「ホームルームも抜けなきゃいけないくらいだからね。相当、急いでるんでしょ」

「追いかけよっか」

「自転車には追いつけないよ」

 そう言った後で、僕は水島くんを追いかける方法を思いついた。

「司の自転車がある」

「え?」

 僕は、司の自転車のスペアキーを持っていることを思い出した。自転車を使っての段ボール集めができなかった日の翌日、僕を気の毒に思った彼が何かあったときのためということで、それをくれたのだ。

「追いかけよう」

「勝手に使っていいの?」

「たぶん」

 僕は司の自転車を見つけると、梨々香を後ろに乗せ、ペダルを踏んだ。

 水島くんが行ってからそれほど時間が経っていなかった。そのおかげで、校門を出て右の方に彼の後ろ姿を確認することができた。

 二人分の体重を乗せているので、ペダルを踏む足が重い。僕は、軽くサドルから腰を浮かせて、足を動かす。ぐん、と自転車が急加速する。すると、腰にふわりとした感触が包んだ。

 梨々香が、僕の腰に手を当てているのだ。その手触りが、ちょっとくすぐったい。

 水島くんの姿が見えなくなる。

 僕は、さらに自転車のスピードを上げた。

 水島くんを見失うまいとして必死に自転車をこぎ、十分ほどして到着した先は、とある幼稚園だった。彼は、その中へ入っていった。

 僕たちもその前に自転車を停める。

「幼稚園だね」

 梨々香が荷台から降りた。

 幼稚園の門のところには、水島くん以外も、たくさんの保護者の人がいた。きっと、お迎えの時間なのだろう。

 元気で無邪気な声が、建物の中から漏れている。そのキャッキャとした声を聞いているだけで、小さな子供たちが元気に動き回っていることがわかる。

「水島くんの、兄弟が通ってるのかな」

「弟か妹かあ。なんか羨ましい」

「梨々香、兄弟いないの?」

「妹がいる」

「いるんじゃん」

「でも、もう中学生。年の離れた兄弟が羨ましいなって」

 しばらくそこにいると、小さい女の子と手をつないだ水島くんが出てきた。彼は、僕たちの姿を見るなり、ぎょっとした顔をした。

「きゃー、可愛いー!」

 梨々香が、水島くんと手をつないだ女の子に駆け寄っていく。

「いくつ?」

「よんさい」

「妹?」

 僕が尋ねると、水島くんはこくりとうなずいた。


「いっただっきまーす」

 元気いっぱいな声が、部屋いっぱいに響く。

「今日はなんか豪華だね」

「にいに、ジュース、ジュース!」

「おい、隆史。野菜も食べなさい」

 子供たちが、食べ物を口に入れたり、しゃべったりと、せわしく口を動かしている。

「ちょっと、そのお肉、私も狙ってたのに。とられた!」

 子供たちと張り合うように、梨々香も声を張り上げている。

 団地の一室に六人がぎゅうぎゅうになりながら、笑顔を浮かべていた。

 水島くんと、その弟で小学三年生の隆史。妹は、小学五年生の真央、先ほど幼稚園から出てきた加奈。それと、僕と梨々香が焼き肉を囲んでいる。

 幼稚園で水島くんと会った後、これから子供たちとご飯だと聞いた僕たちは、その夕食にお邪魔することにした。

 水島くんは、自分の食事はほどほどに、兄弟たちの世話で忙しそうにしている。彼は、四人兄弟の長男だったのだ。

「なんか悪いね」

 水島くんが、加奈の口ににんじんを運びながら言った。

「ううん。僕、兄弟いないから、こういうの新鮮で楽しいよ」

「こいつらが、こんなに楽しそうなの久しぶりに見たかも」

 水島くんは、微笑ましそうに子供たちを見ていた。

「梨々香ちゃん、お肉食べ過ぎー」

「ねえ、にいに。梨々香が俺の肉、食べた!」

 真央と隆史が、そろって梨々香の不満を漏らす。

「早いもの勝ちなんだからね」

 梨々香は、大人気なく、箸を動かしている。

 そんな嵐のような夕食が終わって、子供たちを寝かしつけたのは午後九時のことだった。

「楽しかった」

 静かになったリビングで、梨々香がしみじみ言った。

「子供たちも楽しんでた。ありがとう」

「でも、正直、意外だったね。秋良くんがこんなにお兄ちゃんしてたなんて」

「親父はずっと前に出て行って。母さんは、病気がちで最近また入院してね。だから、俺が世話役ってわけ」

 水島くんは、へへっと笑った。その顔には、少しが疲れが滲んでいた。

「それにしても、すごいCDの量だね」

 部屋の隅に置かれたCDラックには、そこに収まりきらないほどのCDがあった。

「ほとんど、親父が集めたものだけど」

「何枚あるの?」

 僕が聞いた。

「千枚くらいかな」

「千枚!」

 僕と梨々香が、そろって声を上げた。

 水島家は、筋金入りの音楽オタクのようだ。

「一番のお気に入りは?」

 梨々香が尋ねると、水島くんは、少し悩んだ末、一枚のCDを手に取った。

 すると、梨々香が、聞き覚えのない名前を発した。どうやら、水島くんのお気に入りのアーティストを梨々香も知っていたようだ。

 ふたりは、僕をそっちのけで、会話を弾ませていた。何かの呪文かなって思うくらい、二人の会話の内容は僕には馴染みのないものだった。

「どんな音楽なの?」

「流してみる? あまり、大きい音は出せないけど」

 子供たちが寝た後なので控え目な音量だったが、胸に響くような低音と叫ぶようなボーカルが、僕の耳に飛び込んできた。

「これぞパンクって感じだよね」

 梨々香が、軽く頭を揺らしている。

「実は、クラス演劇の台本も、少しパンクっぽくしようって話だったんだ」

「なにそれ。どういうこと?」

「あの台本、最初は登場人物多くて、長かったでしょ? だから削らないと使い物にならないって、さちが言ってて。じゃあ、いっそパンク調にアレンジしようって俺が提案したら、二人で盛り上がってね」

 水島くんと横山さんは幼馴染だった。だから、横山さんとそんな話をしたのだろう。

 でも、今の話には腑に落ちない部分がふたつあった。

 まずは、横山さんが台本を変えようとしていたこと。

 そして、もう一つは、横山さんが台本を変えなかったこと。

 僕は、横山さんの言葉を思い出した。

「この台本は私には変えられません」

 気づけば、その言葉を口に出していた。

 水島くんと梨々香は不思議そうな目をして、僕を見た。

「横山さんって、あの台本変えられなかったの?」

 そうだ。横山さんは、あの台本をちゃんとクラス演劇として成り立つように、作り直そうとしていた。でも、それが何らかの理由で、できなかった。それなら、つじつまがあう。

「横山さっちゃんは、何か変えられない理由があったの?」

 僕と梨々香の問いかけに、水島くんは、気まずそうにうつむいてしまった。

 それに関して、何か言いづらい理由があるのだろうか。

「さっちゃん、台本変えるって言えば、みんなから責められることなかったのに。どうして、変えられなかったの?」

 梨々香が、なおも問いただす。

 すると、水島くんはますますきまり悪そうに縮こまってしまった。

「ねえ」

「梨々香」

 僕は、問い詰める梨々香を制するように、口を開いた。

「ごめん」

 水島くんが、ぽつりと言った。

 心を許した人にしか言えない事情が、何かあるのだろう。そういうものには、できるだけ介入しないほうがいい。

「そろそろ行こうか」

 僕は立ち上がった。時計の針は、もう午後十時を指していた。

 水島くんは、団地の一階まで見送りに来てくれた。

「今日は、本当にありがとう。弟たちもそうだけど、俺も楽しかった」

「また来ていい? 隆史と真央と加奈にも会いたいし」

 梨々香が、にこっとして言う。

「迷惑じゃなかったら。ぜひ」

「やった!」

 梨々香は、両手でガッツポーズをした。

「そういえばさ。俺に何か用があったんじゃないの?」

 そうだった。

 僕たちは、水島くんを水族館へ誘いに来たのだ。子供たちとの時間が刺激的で、すっかり忘れていた。

 気持ちの準備をしていなかったせいで、あたふたしていると、梨々香が一歩前に出た。

「秋良くん。私たちと、水族館行かない?」

「水族館?」

「好きなんでしょ? 水族館」

「まあ、そうだけど」

 水島くんは頷きつつも、怪訝な表情をうかべている。突然、水族館に誘う僕たちを警戒しているのだ。

 うまい言い訳を考えていた僕だが、梨々香がストレートに口を開いた。

「川村瞳ちゃんもいるよ」

 水島くんの表情が固まるのがわかった。

「どうして、川村さんも?」

「好きなんでしょ?」

 梨々香は回りくどさを、一切、見せない。でも、それがわかりやすくていいのかもしれない。僕は、黙って、彼女に任せる。

「誰にも言ってないのに」

「見てればわかるよ」

 水島くんは、顔を赤くして、照れをごまかすような笑顔を見せた。

「そっか。なんか、恥ずかしいな」

「だから、その恋を私たちが手伝ってあげる」

「気持ちはありがたいけど。そういうことなら。俺は、やめておくよ」

 水島くんは、首の後ろに手をやりながら言った。

「どうして?」

「俺には、妹と弟の世話があるから」

 確かに、水島くんは、帰りのホームルームを早抜けするほど、忙しい生活を送っている。それが足かせになっているのだろう。

「だから、何なの? 関係ないじゃん」

「そうかもしれないけど。俺は、恋愛とか、そういうのはいいかなって」

「好きな人の近くにいれたら、幸せでしょ?」

「俺は、弟たちの幸せも考えないといけないから。だから、遊んでる場合じゃないんだ」

 そう言われてしまうと、言葉が出ない。

 水島くんは、弟や妹たちの立派な保護者だった。だから、僕たちが余計なことに巻き込んで、彼の生活のバランスを壊してしまうわけにはいかない。

「梨々香、帰ろっか」

「でも」

 僕は、水島くんをちらりと見た。

「変なこと言ってごめんね。僕たち、二人を応援したかっただけなんだけど。水島くんのこと、ちゃんとわかってなかったから。余計なことしちゃった」

 気持ちを暴くようなことをして傷つけてしまったかもしれない。そう思ったけど、水島くんは、笑ってくれた。

「ううん。ありがとう。また、遊びに来てよ」

 僕たちは、手を振って、水島くんの団地を後にした。

 その帰り道。

 ふと、かなり大事なことに気づいた。それは、梨々香の放った一言によって思い出された。

「そういえば。この自転車借りものだよね?」

「あ!」

 少し大きな声が出てしまった。

 僕が何気なく押していた自転車。これは、司から、無断で借りたものだ。

 案の定、司のSNSを確認すると、自転車盗まれた、と騒いでいた。

 すぐ司に電話をして、頭を下げて許してもらった。

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