第11話クラスのみんなを幸せにしよう大作戦②

 国語の授業中。

 僕は授業そっちのけで、クラスメートの頭上に浮かぶ名前を、ノートにメモしていった。

 ヒノデ公園で梨々香と作戦の方法を話し合った結果。クラスメートの好きな人リストをつくろうということになった。

 そのために、僕にしか見えない文字を、ノートに書き写している。

 書きあがったものに改めて目を落とす。すると、それはもう誰にも見せてはいけない、個人情報むき出しの一ページだった。

 人としてやってはいけないことをやっているようで、少し後ろめたさを感じる。僕は、首を振ることでその邪念を払った。これは、クラスメートを幸せにするために、やっていることなのだ。

 授業中にこんなことをしている手前、僕は周りの目が気になった。幸い、最後列の端にいるので、僕の机の上が見えるのは、隣の席だけだ。

 ちらりと、隣に座る瑞希に目をやる。彼女は、前の黒板に集中していた。

 瑞希の涙を見て以来、僕は彼女と言葉を交わしていない。

 僕はだいぶ後になって、瑞希を問い詰めてしまったことを反省した。

 好きではない司と付き合う瑞希の気持ちが知りたくて、僕はストレートにその理由を聞いてしまった。だが、それには誰も介入してはいけない複雑な事情があるようだった。

 そんなこと、少し考えれば、すぐわかることだった。

 人に嫌われないように、と毎日のように考えていたくせに、気心知れた瑞希にはまったく気がまわらなかった。

 すべてはこの能力のせい。これが無ければ、僕は、瑞希の隠している気持ちを知らずに、素直に司と付き合ったことを祝福できたはずだ。

 この能力を使って、人を幸せにしようとしているはずなのに、僕は能力のせいで瑞希を傷つけてしまった。

 やはり、この力は怖い。慎重にならないと、自分がのみ込まれてしまう。

 僕は、静かにノートを閉じると、授業をする先生の話に耳を傾けた。

 みんなの恋愛対象が書かれたノートを梨々香に渡したのは、放課後になってのことだった。

 国語科準備室で作業をしているところに、梨々香が来た。そこで、そのノートを渡した。

 僕は、文化祭の準備をする以外では、彼女と親しくしないようにしている。

 何度も言うが、とにかく、周りの目線が痛いのだ。

 ノートに目を落とす梨々香の目は、真剣そのものだった。クラスメートの恋愛とまじめに向き合っているようだ。

 片思いがほとんどを占めるが、相思相愛の関係にあるペアもいる。

 梨々香は、そんな甘酸っぱい相関図になにを思っているのだろうか。

「決めた!」

 しばらく、緊迫した空気をかもしていた梨々香が、大きな声を出した。

「なにを?」

「私たちがカップルにするペア」

 それを決めるのは、梨々香ということに決まっていた。

「教えて」

「私たちが誕生させるカップルは、ずばり……」

 梨々香は、間を演出してから続けた。

川村瞳かわむらひとみちゃんと、水島秋良みずしまあきらくん!」

 そう言った梨々香は、少し呼吸を乱していた。

 川村さんと水島くん。

 二人は、数少ない両想いであるペアだった。

 しかし、僕はふたりについて、ほとんど何も知らない。端から見ている印象では、二人ともかなりおとなしい。

 そんな二人を、僕たちはカップルにする。

 本当にうまくいくだろうか。

 このときの僕は、かなりの不安を抱いていた。

「何か、問題ありそう?」

「いや。大丈夫」

 僕は、川村さんと水島くんに決まらなくても、同じような不安を感じていたはずだ。そして、そういう不安が、透明な壁として僕の前に現れていたのだ。

 大丈夫。前に進むだけだ。

 いざ、その対象が決まると、早速、具体的にどうするかという話になった。

「二人に共通点かなにかが、あればいいんだけど。何か知ってる?」

 僕は、首を振る。

 僕と梨々香は、二人に関しての情報を、まるっきり持っていなかった。

 まずは二人について知ろう。そう決めて、今日の作戦会議は終了した。


 水島くんは、今回のクラス演劇で音楽の担当だった。劇中に流れる音楽を決めたり、本番で実際に流したりする役割だ。

 彼は、中学時代、吹奏楽部だったようだ。それで音楽に詳しいということもあり、音楽係を任されていた。

 音楽が好き。梨々香はそこに注目した。

「好きなアーティストを聞こうよ。それが瞳ちゃんと一緒だったら、もう言うことなしでしょ」

 確かに、そうだと思った。

 共通する好きなものがあれば、二人の距離がぐっと近くなる。

 作戦の実行が決まった後、僕は高校生の恋愛についてインターネットで調べたが、それと同じようなことがどのページにも書いてあった。

「じゃあ、水島くんのことは任せたよ」

 作戦の方向が決まると、梨々香はそれを僕に任せてきた。

「僕が聞くの?」

「私が聞いてもいいけど。それだと、真人くん、ずっとクラスのみんなと話せないままだよ」

 梨々香の中でのこの作戦には、僕が社交的になるという目的も入っているようだった。

 これを逃したら、僕は何も変わらない。

 僕は、水島くんと話をする役を引き受けた。

 それから数日間、水島くんの背中を見続けた。しかし、水島くんに話しかけるタイミングがなかなかつかめなかった。彼は、常に三人のグループの中にいたし、授業が終わった後も、気づけば教室から姿を消していた。

 もたもたしているうちに、数日を無駄にしてしまった。

「ちょっと、水島くんの情報、まだなの?」

 当然のように、梨々香に責められた。

「ごめん。なかなか、話しかけられなくて」

 僕は、彼の様子を話す。

「じゃあ、他の二人は私が引き離すから。その隙に、行くんだよ」

 その翌日の昼休み。

 梨々香が、水島くんを含めた三人組のところへ向かうと、どう話したのか、他の二人が梨々香に連れ去られていった。

 水島くんだけが、席に残る。

 チャンスは、今だ。

 しかし、僕は動けなかった。

 うまく話をできる自信がなかった。不自然に話しかけて、無視されたり、後で、福本に話しかけられたんだけど、なんて仲間内で馬鹿にされたらどうしよう。そんなことが、頭をかけまわった。

 僕は、彼を見つめたまま、固まってしまっていた。自分の情けなさが嫌になる。

 しかし、席についた水島くんが突然、周りをきょろきょろしだし、僕と目が合うと、どういうわけか、こちらに向かってきた。

 磁石に引き寄せられるみたいに、水島くんがこっちに来る。

「大道具のことで相談?」

 水島くんは、僕の目の前に立つと、そう言った。

 そのとき、僕はぴんときた。

 梨々香が仕組んだのだ。

「桐谷さんが言ってたけど」

 やっぱりだ。梨々香が、二人を引き離すついでに、僕と話すように仕向けたのだ。

「ああ、うん」

 僕は、それに続く言葉が出てこなかった。大道具について、音楽の水島くんと相談することなんて、今のところ何もない。

 僕は、無い相談事を、必死に考えた。

「そういえば、俺も大道具に確認したいことがあったんだ」

 幸いなことに、水島くんの方から話題をくれた。

 僕は、それに飛びつく。

「確認?」

「結局、さちが持ってきたものをかなり削って台本が完成したけど、背景って七パターンだよね?」

「うん」

 水島くんの言う通り、台本が変わっても背景の数は変わらなかった。

 しかし、今の言葉の中に気になることが、ひとつ。

「さち?」

 僕が聞くと、水島くんは恥ずかしそうに微笑んだ。

「ああ、横山のこと。横山さち。俺、あいつと幼馴染なんだ」

 水島くんの言った「さち」とは、横山さんのことだった。

 それにしても、横山さんと水島くんが幼馴染なんて、意外な人間関係。

「でさ、音楽を決めるのに、背景のスケッチとかできてたら、見せてくれない?」

 そういうことなら。

「それなら、大丈夫だよ。美術部の先輩に描いてもらったスケッチがある」

「よかった。ありがとう」

 水島くんが去って行ってしまいそうだったので、それを引き留めるように僕は口を開いた。

「横山さんと水島くんが話してるところなんて見たことないから、幼馴染ってちょっと意外」

「ただの幼馴染ってだけで。話すことなんてないからね」

「そっか」

 僕と瑞希とは、ただの幼馴染だけど、まあまあ言葉を交わしている。でも、瑞希が横山さんみたいにあまり人と関わらない人だったら、確かに言葉を交わす数は少なかったのかもしれない。

「横山さん、大丈夫?」

 彼女は相変わらず、学校に来ても誰とも口を利いていないように見える。しかし、クラス全員が彼女のことを責める構図となってしまったあの会議以降、少し元気がないようにも感じていた。

「うーん。どうだろう。メールはたまにしてるけど。自分のこと、あまり話さないやつだから」

 水島くんも、心配しているようだった。

「で、福本の相談って何だったの?」

 話が戻ってしまった。

「いや、僕も音楽のために、水島くん背景見てほしいなって思ってただけだから」

「同じこと考えてたってことね」

 僕の強引な切り返しにも、水島くんは怪しむことなく笑ってくれた。

「そういえばさ、水島くんの好きな音楽ってなんなの?」

 僕は、またしても少し強引だったが、課せられたミッションを遂行した。

「そうだなあ」

 水島くんは、少し上を向きながら、いくつかの聞き覚えのない単語を並べた。

「それって、グループ名?」

「いや、個人のアーティストのもあったけど。まあ、外国の音楽だし。知らないよね」

 僕は、あいまいに笑うことしかできなかった。

 もともと、音楽にはあまり詳しい方ではなかったし、ましてや外国の音楽なんてほとんど知らなかった。

 結局、梨々香の助けを借りた上に、暗記すらできないアーティスト名を聞き出しただけだった。それでも、一応は目的を達成した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る