第7話不思議な能力とモデル美少女⑦

 担任の先生に新しいクラスメートだと紹介され、梨々香が教室に入って来ると、クラスのみんなが圧倒されたように静まり返った。

「桐谷梨々香です。よろしくお願いします」

 普通なら拍手が起こるタイミングだが、みんな、梨々香の美貌が信じられないみたいで、物音ひとつ起こらなかった。だれかが落としたペンが床に落ちる音だけが、やけに響いて聞こえてきた。

「あ、真人くん」

 梨々香が教壇から、一番後ろに座る僕に手を振った。

 それとともに、クラス全員の視線が僕に向く。

 やめてくれ。

 心からそう思った。

 クラス全員を黙らせるというデビューを飾った梨々香だったが、午前の授業が終わるころには、何人かの女子生徒と打ち解けたようだった。彼女のまわりには、数人の女子が集まっている。

 そんな光景をぼんやり眺めていると、司が僕のもとへやってきた。

「おい、真人。あの子とどういう関係だよ」

 司は、力のこもった手で僕の肩をつかんだ。

「あの子って?」

「桐谷って、今日来た子だよ。真人くん、って手なんか振られやがって」

「いやあ、彼女も大道具の係だから。昨日、ちょっと一緒に作業をしただけだよ」

 司は、より敵意のこもった視線をぶつけてきた。

「はあ? 桐谷さん、大道具なのかよ。お前、もしかして、それ狙ってそんな面倒な役を買って出たのか?」

 僕は、大げさに首と手を振った。

「違うよ。たまたま大道具の係に空きがあったから、桐谷さんがその係になっただけだって」

「まじか。じゃあ、俺も残り物の係になっとけばよかった!」

 司は悔しそうに天を仰いだ。

 僕と司がそんな話をしていると、数人の男子が僕たちのところへやってきた。みんな話したことがない人たちだったが、梨々香のことについて僕にあれこれと問い詰めてきた。朝、梨々香が僕に手を振ったことが、よほど印象的だったのだろう。今日一日、僕はちょっとした時の人となった。

 そんな刺激的な一日を過ごしていたが、それに輪をかけて刺激が強いイベントが放課後にあった。

 文化祭のクラス会議。

 それは、台本についてと、今後の活動計画について話し合う会議だった。

 放課後、新垣くんが教壇に立つと、クラス演劇の台本の登場人物表が全員に配られた。

 黒板には、既に決まっている役が並べられていく。

「まずは、台本についてです。横山さんのおかげで素晴らしい台本ができたんだけど、これだと登場人物が多すぎるし、尺が長すぎる。だから、横山さんには、既に決まっている役と時間の中で完結するものを改めてつくってほしい」

 新垣くんが言った。

 このときは、まだ場が和やかだった。台本変更は当然だから、みんな、てっきり横山さんがこのお願いに快諾してくれると思い込んできたのだろう。

 でも、そうではなかった。

「できません」

 そう横山さんが言い放つと、一瞬にして場が凍りついた。

「ん?」

 そう声を漏らした新垣くん含めて、みんなが耳を疑った。

「私には、この台本を変更することはできません」

 横山さんは、あくまで冷静だった。普段通り、表情を変えずに、抑揚無く言葉を発する。

「でも、この台本を再現することはできないんだよ」

「でも、この台本は私には変えられません」

「じゃあ、最初から作り直してよ」

「できない」

 新垣くんは、変更に応じない横山さんに狼狽の色を見せていた。

「台本の担当だろ。仕事しろよ!」

「そもそも、なんでこんなの作ってきたの?」

「正直、迷惑なんだよ」

 そんな声が飛び交うと、とたんに教室中がざわつき始めた。みんな、自分の係の仕事ができずに、不満がたまっていたようだ。

 横山さんを見ると、彼女はスカートをぎゅっと握って、うつ向いていた。その様子は、みんなの批判から身を守っているようだった。

 横山さんの頭上には、あいかわらず『三島晴信』の文字が浮いている。

 僕は、横山さんの言葉に疑問を持った。

 ――私には、この台本を変更することはできません。

 横山さんは、変更しないのではなく、できないと言った。つまり、彼女は、何らかの事情により、その台本を変更することができないのだろうか。

 そうであるなら、その事情とは、何なのだろうか。

 少なくとも、それを明らかにしないからには、彼女を責めることはできないのではないか。

 でも、教室に飛び交う横山さんを責める言葉は止まない。

 どうにかしたい。

 でも、僕にはどうすることもできない。そもそも、横山さんの事情なんて、僕には関係のないことだ。

 突然、教室から音が消えた。

 何事かと辺りを見渡すと、横山さんが、ひとり、立ち上がっていた。

「あの台本の何がわかるの」

 横山さんのその言葉は、低く小さかったが、確かに聞き取れた。

「私は、台本の役から降ります」

 横山さんは、続けてそう言った。

「じゃあ、この台本、勝手に変えていいんだね」

 新垣くんは、投げやりに言った。

「勝手にすれば。私は、もう関わらないから」

 横山さんはスクールバックを肩にかけると、教室から出て行ってしまった。

 その後も、教室の中の沈黙はしばらく尾を引いていた。

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