第6話不思議な能力とモデル美少女⑥

 桐谷さんに作業の内容を教えてたところで、仕事を切り上げることにした。

 空は、もう真っ暗だった。部活動はとっくに終わったようで、校内に残っている生徒はわずかしかいなかった。

 僕たちは、道具を第二美術室に片付けると、学校を後にした。

「家はどこなの?」

 校門を出ると、桐谷さんが聞いていた。

「この近所」

「そうなんだ。私もこの辺に引っ越してきたの」

 桐谷さんは、よくしゃべる。話によると、彼女はモデル活動をするために、東京都の郊外であるこの場所に引っ越してきたようだ。

「高校生でもう一人暮らしなんだね」

「そう。私もちょっと不安」

 桐谷さんは、笑って言った。

 二人して学校の近くに住んでいるが、桐谷さんの家は僕の家の反対側にあるみたいだった。だから、僕たちは校門で別れることになる。

「じゃあ、またね」

 校門の前での立ち話が長くなったので、僕はそう言って切り上げようとした。

「お礼させてくれない?」

「お礼?」

 僕は、桐谷さんに感謝されるようなことは何もしていない。何のお礼、と尋ねる。

「ここまで、大道具のお仕事をしてくれたお礼」

 律儀すぎる。

「そんなこと、気にしなくていいよ。今日ここに来たんだし、今まで仕事をできなかったのは当たり前で、桐谷さん、全く悪くないじゃん」

「そうなんだけど。このままじゃ、なんか嫌なの。ねえ、お礼させて?」

 そういうわけで、僕は強引に引っ張れるようにして、ファストフード店へ連れて来られた。

この後に用があったわけじゃないからいいけど、できればまっすぐ帰りたかった。お礼される理由がないし、初めて会った人とうまく会話をする自信もない。司と瑞希以外の人と話をすると、いつも、沈黙になる。それが不安だった。

「何にする?」

 注文カウンターでそう聞かれ、僕はとっさにオレンジジュースと答えた。そうしたら、勝手にLサイズにされ、桐谷さんはテリヤキバーガーセットを注文した。まさかセットメニューを頼むとは思わなかったので、ちょっと驚いた。

 レジに金額が表示されると、僕は財布を取り出した。

「お礼って言ったでしょ」

 桐谷さんは、僕の財布を睨んでいる。

「だから、そんなことされる理由がないって」

「そういうの嫌い」

 桐谷さんは僕の財布を制して、ぽんと千円札を出してしまった。

 僕はしぶしぶ財布をしまう。

 食べ物を受け取って席につくと、桐谷さんは、早速、ポテトをかじった。

「東京来てから何も食べてなかったから、おなかすいたー」

 そう言って、またポテトをつまんだ。

 僕は、周りのお客さんが、ちらちら桐谷さんを見ていることに気付いていた。

 思わず二度見してしまうほどの美貌を、桐谷さんは持っている。だから、注目が集まるのも無理はない。でも、そんな人と僕が一緒にいると思うと、ちょっと誇らしい反面、その場から逃げ出したくもなった。

「ポテトいる?」

 桐谷さんがそれを差し出してきた。

「別にいいよ」

「私、こんなに食べられないよ」

 確かに、桐谷さんは細い。でも、彼女はわざわざサイズチェンジをして、ポテトをLサイズにしていた。食べられないなら、なぜ大きいサイズにしたのか、とちょっと疑問に思う。

 僕は、手持ちぶさたになって、ストローに口をつける。

「コーラもちょっといる?」

 桐谷さんは、ジュースも差し出してきた。

「え」

 間抜けな声が出てしまった。桐谷さんを見ると、形のいい唇が上品にほほ笑んでいる。

「い、いいよ。僕のもあるし」

「そっか」

 桐谷さんは、ストローに口をつけた。

「欲しくなったら言ってね」

 桐谷さんが口をつけたストローの先を見て、自分がどきどきしているのがわかった。彼女は、何の抵抗もなしに、口をつけたストローを僕にすすめてきた。

 もしかしたら、高校生にもなったら間接キスくらい普通なのかもしれない。それでも、僕にはできそうになかった。

「オレンジジュースちょっともらい!」

 僕の目の前にあったオレンジジュースがさっと消えたと思うと、桐谷さんがそれを口にしていた。

「ん、おいしい」

 桐谷さんはそう言って、紙コップを僕の前に戻す。

 僕は、しばらく、そのストローの先から目を離せないでいた。

 僕が恐れていた沈黙は、なかなかやってこなかった。とにかく、桐谷さんの口が止まらないのだ。彼女は、僕を目の前に、ずっと話をしてくれている。

 彼女は半年ほど前、東京に遊びに来たとき、芸能プロダクションからスカウトを受けたそうだ。それから、ぽつぽつとモデル活動を行い、今では、定期的にティーン向けの雑誌に出ているらしい。

雑誌の撮影場所は、東京にある。東京に来ることが多くなると、地方から通うのが難しくなり、この夏に一人暮らしを決意したみたいだ。

なんか、もう、何もかもがキラキラしていて、話を聞けば聞くほど、そんな彼女が僕の目の前にいることが信じられなくなってくる。

「でも、正直、モデルをやりたいわけじゃないんだよね」

 モデルになった経緯を一通り話し終えた後、桐谷さんは唇を突き出してそう言った。

「夢とかあって、東京来たんじゃないの?」

「わからない」

「モデルって、たぶん、なりたいって人たくさんいるんじゃない」

「私もちょっと憧れてて、スカウト受けたときはすっごく嬉しかったんだけどね。でも、やってるとわからなくなるの。私って、みんなを幸せにしてるのかなって」

 桐谷さんは、迷っているようだった。華やかな世界でも、その裏にはいろんな感情があるみたいだ。

 僕は、桐谷さんの頬にテリヤキバーガーのソースが少しついているのに気付いた。そんな姿は、ちょっと隙があって愛らしかった。

「真人くん、って呼んでもいい?」

 桐谷さんは、唐突にそんなことを聞いてきた。

「いいけど」

 そう言うと、桐谷さんは、含みのある笑みを浮かべた。

「じゃあ、真人くん。私のことも梨々香って呼んで」

「え」

 今日初めてあった人を、名前で呼ぶ。そんな経験、始めてだ。

 僕は、桐谷さんの名前を口に出そうとするが、恥ずかしさが邪魔して、なかなか出てこない。

「僕は、桐谷さんでいいよ」

「だめ。私が名前で呼ぶんだから、真人くんも私のこと名前で呼んで」

 そう言われ、僕はかなり小さい声で「梨々香」と言った。

 でも、桐谷さんは、嬉しそうな顔をした。

「真人くん、私のクラスの友達第一号だね」

 友達。

 にやけてしまうほど、うれしい響きだ。

「ほっぺにソースついてるよ」

 僕はそう言って、自分の頬に指をやる。普段であれば馴れない人にそんな指摘をできないはずなのに、なんだか魔法がかかったように、僕の口が動いた。

 梨々香は、僕の示した通り頬を指で拭うと、顔を赤くした。

「ほんとだ! いつから?」

「少し前から」

「恥ずかしー。そういうのは、すぐ言ってよ!」

 それくらいのことで取り乱している梨々香を見ると、思わず笑ってしまった。彼女のほうも、恥ずかしそうに笑顔を見せた。

 ファストフードを出たときは、午後九時をまわっていた。

 はじめこそ沈黙を恐れていた僕だが、結局、2時間近く梨々香と話をしていた。

 ひとりでの帰り道。

 僕は、久しぶりに気分が高揚していた。周りに誰もいないことをいいことに、鼻歌なんかも漏れていた。

 梨々香とのことを思い出す。彼女はかなりの美貌を手にしていたが、かなり不思議な雰囲気も持っていた。そして、僕との距離を全く感じさせなかった。

 他人と僕との間には、いつも、透明な壁がある。

 その壁は、人に嫌われたくないという僕の気持ちだ。僕は、目の前の人を傷つけて嫌われることがないように、いつも、透明な壁をそっと目の前にこしらえる。でも、そのせいで、人と仲良くすることができない。

 みんなと仲良くしたい。だから、そんな壁いっそ壊したい。でも、人から嫌われることにより自分が傷つくのが怖くて、いつもその壁の内側に隠れている。

 だから、周りのみんなはいつも壁の向こうにいる。

 梨々香は違った。透明な壁をすり抜けてきた。まるでその壁がないみたいに。僕の気持なんかお構いなしに、僕の心に入り込んできた。

 こんなことは、僕が壁を作り始めてから初めてのことだった。普通、周りのみんなは、壁に入らずに僕の前を素通りしていく。

 明日も梨々香に会える。

 それが、スキップしてしまうほど楽しみだった。

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