第3話不思議な能力とモデル美少女③
結局、大道具の係の活動内容が具体的にわからず、クラス委員長の新垣くんに相談することにした。
僕は、四月から今まで、司と瑞希以外のクラスメートとほとんど話をしたことがない。特に話をする機会がなかったのだ。だから、新垣くんとも接点がなく、彼が僕を知ってくれているかすら自信がなかった。
昼休み。
弁当を急いでたいらげた僕は、新垣くんが一人になった隙を見て、彼のもとへ向かった。
「ちょっと、いい?」
新垣くんは、僕に振り向くと、意外そうな顔をした。
「どうした、福本」
ふいに名前が呼ばれた。僕の名前を知っていたのだ。そんな些細なことが、少しうれしい。
「ちょっと、相談なんだけど」
大道具係について尋ねる。
「ああ、文化祭のことね。うーん。実際、俺もよくわかってないんだ」
文化祭のクラスの催しが演劇になったのは、先週のクラス会議で、投票によって決まったことだった。しかし、ただクラスの多くの人が演劇をやりたいと思っただけで、演劇の経験者がいるわけでもなく、担任の先生にノウハウがあるわけでもなかった。つまり、みんなに知識がないので、すべての準備は行き当たりばったりで行うしかなかった。
「じゃあ、誰に相談すればいいんだろう」
「どうなんだろうね。そこのところは早めに決めないととは思ってるんだけど、俺も演劇についてはよくわからないからな。詳しいやつもいないみたいだし」
「じゃあ、当面は動けないかんじ?」
「そうなるよね」
どうやら、クラス演劇成功に向けた準備は、雲行きが怪しいようだ。
「そもそも、演劇って台本ができていて、それにしたがって、役の練習をしたり、ものを作ったりするみたいなんだけど。その肝心な台本ができてないんだよ」
新垣くんは、早口で言った。
台本ができていない。それは、確かに問題だ。
「台本の担当って、
「そうだよ」
「どのくらいまでできてるんだろう」
「さあ。横山って、ちょっと取っ付きづらいから、俺も聞けてないんだよね。向こうから、いつまでにできるって言ってくることもなさそうだし」
横山さんは、文芸部に所属している女子生徒だ。彼女は部の活動で、小説とか脚本とか、そういったものを書いているらしい。あまり周りの友達と仲良くってタイプではない彼女だが、今回の台本は、そういった経緯から任されたようだ。
「すべてはそれができてからってことか」
「そうだね。でも、本当にできるのかわからないよ」
「どうして?」
新垣くんは、僕に顔を近づけて、声を落とした。。
「横山って、何回か自分の作品をコンクールに出しているみたいなんだけど、全部、一次選考で落ちてるんだって。だから、まともなものが出来るのか怪しいってのが、意見にあがってんだよ」
横山さんには、才能がない。それを周りは心配しているみたいだ。
「でも、クラス演劇にそんなクオリティいらないんじゃない?」
新垣くんは、近づけていた顔を戻して腕を組んだ。
「その通りなんだけど。なんかこだわりが強いみたいで、中途半端なものは作りたくないって言ってるらしいんだ。いいもの作ろうとしてくれるのはありがたいけど、だからって完成が遅くなるのはちょっと迷惑だよな」
ちょっと顔を赤くしてそういう新垣くんに、僕はあいまいに笑ってみせた。
横山さんに台本の進捗状況を聞いてみる必要があると思った。台本の細かい完成度に関係なく、作る道具に大した変わりはないだろう。文化祭に遅れないよう早めに活動を始めるために、今のうちから作るべきものを決めておきたい。
時計を見ると、ちょうど昼休みが終わる時間に差し掛かっていた。だから、横山さんに話を聞くのは、放課後までおあずけになった。
午後の授業中。僕は、ずっと横山さんの後姿を眺めていた。彼女に、特に変わった様子はなく、まじめに授業を受けているように見えた。
横山さんは誰とも言葉を交わすことなく、ずっと一人でいるので、話しかけるタイミングに困ることはなかった。ただ誰とも話をしないと言っても、僕と違って、表情を変えずに飄々としている彼女は、暗いというイメージではなく、孤高という言葉がぴったり当てはまる雰囲気を放っていた。
帰りのホームルームが終わり、横山さんがさっと教室を出て行ったところで、僕は後ろから声をかけた。
「横山さん」
横山さんは僕を見ると、わずかに目を細めた。突然、話したことがない僕なんかに呼び止められ、怪訝に思っているようだ。
「突然、ごめん。えっと……」
笑顔を見せない横山さんを前に、しどろもどろになってしまう。一度、咳ばらいをして、続けた。
「クラス演劇の台本のことなんだけど」
横山さんは、一度目を伏せて、それから僕に向きなおった。
「それなら、申し訳ないけど。まだできていないの」
「そうらしいね。あ、特に催促とか、そういうのじゃないんだけど。僕、大道具の担当だから、絶対に台本に登場する大道具があれば、今のうちから作っておきたいなって」
「教室でやる演劇って、ステージが狭いから。大道具なんていらないと思うけど」
そう言われ、たじろいでしまった。僕の仕事は無かったのか。
「あ、でも、背景も大道具か」
「背景?」
「カンザス州の村、マンチキンの国、黄色いレンガ道、花畑、森、エメラルドの都、王座」
「え」
「その背景は絶対に必要だから、それを書けばいいんじゃない?」
背景とは、背景画のようだ。つまり、そのシーンのバックに飾る絵を描く必要があるらしい。
「ごめん、さっき言ってもらったの、もう一回、教えてもらっていい?」
僕は、もう一度、作るべき背景を列挙してもらい、それらをノートにメモをした。
「ちなみに、これって、どうやって作るんだろう」
「それは、知らないけど。美術の先生にでも聞けば」
横山さんは、表情を変えずに抑揚無く話すので、僕はそれ以上何かを聞くことはできなかた。
僕の用が済んだと判断したのか、横山さんは、何も言わずに僕に背を向け、歩き出した。
背景を作ることはわかった。もう少し聞きたいことがあったけど、わざわざ呼び戻すほどのことでもないので、僕は、その後ろ姿をぼんやり眺めていた。
ん。
すたすたと去っていく横山さんの頭上に、『何か』が現れた。
「ちょっと!」
思わず、声を出してしまった。
その声に足を止めた横山さんは、僕に振り向き、睨むような視線を向けて来る。
僕はあんぐりと口を開けながら、横山さんの頭の上を見ていた。そこから、目が離せない。
彼女の頭上には、『何か』が浮かんでいる。
僕は、目をぱちくりさせたり、こすったりした。それでも、横山さんの頭上に浮かぶ『何か』は、消えることがなく、むしろはっきりとしてきた。
「頭の上」
僕が指さすので、横山さんは、軽く顎を上げて天井に目をやった。
「どうしたの?」
横山さんには、その『何か』が見えていないようだ。
「ごめん。なんでもない」
ぼやけた黒い『何か』は、ちょうどカメラのピントが合うように徐々にはっきりとして見えてくる。
横山さんは、首をかしげると、また背を向けて行ってしまった。
その時。
ピントが完全に整い『何か』の正体が、はっきりとわかった。
『
横山さんの頭上には、パソコン画面に表示されるような活字で、その文字が浮かんでいた。
横山さんは、長い廊下を歩いて行ってしまい、その背中はどんどん小さくなっていく。その間、ずっと、頭の上に『三島晴信』という文字がふわふわ浮かんでいた。
三島晴信とは、国語科の先生の名前だ。僕のクラスを担当していないけど、僕はその存在を知っている。でも、なぜ、横山さんの頭の上に、その名前が活字として現れ、浮かんでいるのか。
廊下の先に目をやったが、もう横山さんの姿はなかった。
クラスメートと話すなど慣れないことをしたせいで、ちょっとおかしくなったのだろうか。それに、少し疲れたのかもしれない。
でも、これから向かう美術室で、横山さんの頭上に浮かんでいたものが、いっときの幻覚ではないを思い知らされることになった。
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