第六話 真実の世界


「守君! この前の水族館、楽しかったねえ。今度は、川に魚を見に行かない? その後、水に流されるの。一緒にゆらゆらーって。ね?」


「真織。川は綺麗な所もあるけど、ザリガニに挟まれて痛くなっちゃうよ」


「そっかあ。挟まれるのは怖いねえ」


 真織は、相変わらず死にたがっている。

 それを緩く止めながら、僕は彼女に話しかけた。


「ねえ、真織。あのさあ、学校が終わったら、一緒に行って欲しい所があるんだけど」


「守君から誘ってくれるなんて、珍しいね。一緒に行く!」


 僕は前々から、そこに行こうと思っていた。

 だけど真織が耐えきれないと困るので、今まで止めていた。

 そこに、今日連れて行こうと考えている。


「それなら良かった。だから、今日のテストもちゃんとやるんだよ? 真織なら大丈夫だと思うけど」


「はーい。ほどほどに頑張る!」


「うん、頑張ろうね」


 こうは言ったけど、たぶん真織が補習になる事は無い。

 それは不正的なものじゃなくて、元々彼女の頭はそう悪くないからだ。

 だから心配はしていない。


 本当に心配しなきゃいけないのは、その場所に行った時の彼女の態度と、僕自身が消されるかもしれないという事だろう。

 彼女にあれを見せる事が、この世界にとっては絶対に避けるべきものなのだから。


 まあ、でも覚悟は出来た。

 今日は誰にも邪魔をされずに、そこに行くだけだ。





 テストも無事に終わり、僕達は一緒に歩いていた。

 どこに行くのか分かっていない真織は、楽しそうに話しかけてくる。

 僕はそれにいつもの様に答えながらも、心の中では緊張していた。

 これから、色々なものの運命が決まる。

 それがいい方向に進んでくれるのが、一番良いのだけど。


「……着いたよ」


 そうこう考えている内に、目的の場所についた。

 僕はそれを指し示す。


「お、墓……?」


 指した方向にあったのは、お墓だった。

 その事に、真織は不思議そうに首を傾げる。


 だから、僕は教えたのだ。


「そう、真織のお母さんとお父さんが入っているお墓」


 残酷な現実を。


「私の、お母さんとお父さん? 何で?」


 やはり、真織は分かっていなかったみたいだ。

 今いる両親が、本物ではない事を。



 神様が決めた事には逆らえなかった世界ではあるけど、別に文明が発展していなかったわけではない。

 だから、世界を守る為に禁忌の領域に手を出してしまった。


 それは、真織が死なないように邪魔な人間を処分して、クローンを代わりにするというもの。

 大多数を守るために、少数を切り捨てたのだ。


 そこで真っ先に処分されたのが、真織の家族だった。

 神様に選ばれたのを知った二人は、彼女を守るために逃げようとした。

 しかし、それは失敗に終わり処分されてしまった。


 いま彼女の周りにいる人間のほとんどが、クローンである。

 それ以外の人間は、消されるのが怖いから近づこうともしない。


 僕だって、処分される話は出ていた。

 でも、一度試しにクローンを代わりに置いたら、真織が一切近づかなかった。

 そうなると彼女の死にたがりを止める人がいないから、僕は何とか生き残る事が出来た。



 こんな風に、真織の周りの優しさは作られたものだった。

 それを今、何でわざわざ教えたのか。

 自分でも分からなかった。

 でもこれで、世界なんて滅んでも良いと思っていた。


「真織、ごめんね……」


 僕はいつの間にか、しゃがみ込んでいた彼女の隣りに座った。

 そして覗き込む。


「ごめんね」


 もう一度謝って、頭を撫でた。

 そうすると、彼女は僕の方をゆっくりと見てくる。


「守君、大丈夫だよ。大丈夫。全部分かっているから。大丈夫だよ。だから心配しないで」


 そして、子供の様に無邪気に笑った。

 その笑顔は、とても懐かしくて。



 僕は、涙がこぼれた。


「いつもありがとうね。守君、大好きだよ」


 涙がどんどん溢れて、視界がぼやける。

 それでも真織の笑顔だけは、くっきりと見えた。


「大好きだから、これからも一緒にいてね。約束」


 泣いているのを気にせずに、彼女は僕と小指を絡める。

 そして約束を終えると、いつもの表情に戻った。


「どうしたのお、守君? 涙一杯だよ。一緒に山に行って、涙が枯れるまでこもろう」


 どうやら先ほどまでの彼女は、少しの間だけの存在だったみたいだ。

 僕は嬉しいやら寂しいやら、それでも安心させる為に笑った。


「駄目だよ。山は熊や猪が出て来るから、襲われたら怖いでしょ?」


「そっか! それじゃあ止めよう!」


 彼女は自分を守るために、この状態になったんだろう。

 だからそれを知った僕は、ただ守るだけだ。


 これからも世界なんて関係なく、彼女を守る。

 それだけを、改めて分かっただけで良い。




 世界の運命は幼なじみが握っているのに、死にたがりのせいで絶望しかない。

 でも僕だけが、希望に変えられる。

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世界の運命は幼なじみが握っているのに、死にたがりのせいで絶望しかない 瀬川 @segawa08

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