第五話 彼女無しの僕の日常

 毎日一緒にいるように見えて、意外に僕一人の時間は結構ある。

 真織は、たまに家にこもる日がある。

 それは死にたくてではなく、ただ部屋の中で考える為らしい。


 だから死ぬのを止める事をしなくていいから、僕は自由に過ごす事が出来る。

 でも、そこまで何かをするわけではないけど。

 今日も家から出ないで、一日が終わるんだろうな。

 そう思っていたんだけど、どうやら違うみたいだ。


「守。ちょっと、おばあちゃんの所に届け物をしに行ってくれない?」


「んー? 分かった」


 いつもの様に部屋着で、リビングでくつろごうと思っていたら、母親に言われて渋々立ち上がった。

 こういう風に祖母の所に何かを届けさせられるのは、何も初めての事ではない。

 歩いて三十分ぐらいの所に住んでいる祖母は、七十歳という年齢ながら一人で暮らしている。

 だから心配した母親が、たまに僕を家に向かわせるのだ。


 別に家に行くのは嫌じゃないから構わないんだけど、家にいると決めていた矢先だったから、少し面倒だとは思ってしまった。

 それでも、断りはしない。

 急いで部屋着から着替えると、頼まれたものを受け取った。


「何、これ?」


「梅干しつけたんだけど、あなた達は食べてくれないでしょ? だからおばあちゃんにおすそ分けするの」


「ふーん」


 大きなタッパーはずっしりとした重みがあって、カバンに入れても長時間は持っているのは辛い。


「ああ。あんまり傾けすぎると、汁が零れちゃうからね。気をつけてね」


「分かった。気を付けるよ」


 しかも傾けちゃいけないなんて、更に難易度が上がった。

 これは自転車で行くと危ないかな。

 そう考えて、結局歩いていく事にした。


 祖母の家へと向かう道は、見慣れているから目新しいものはない。

 でも暖かな日差しの中、歩くと癒されてくる感じがする。

 僕は荷物の重みなんて気にせずに、軽やかな足取りで進む。

 そうしていると、三十分なんてあっという間だった。



「涼子さーん。いるー?」


 玄関の扉は鍵がかかっていないから、僕は勝手知ったる感じで声を掛けながら中へと入る。

 おばあちゃんと呼ばれたくないらしいから、涼子さんと僕は呼んでいる。

 そうすれば、元気な声が返って来た。


「いるよ! そのまま中に入って!」


「はーい!」


 部屋の中に行くと、祖母が食事の用意をしながら出迎えてくれる。

 どうやら母親から、連絡が来ていたみたいだ。

 食卓には、僕の分の食事も用意してある。


「守も食べるだろう? あんたの好きな肉じゃがを用意したから」


「わあ、ありがとう。ああ、これお母さんから」


 僕は嬉しそうに笑って、頼まれていた梅干しを渡した。


「美味しそうに出来てるじゃないか。ありがとう」


「伝えておくよ。肉じゃが凄く美味しそう」


 頼まれごとを終わらせると、僕はありがたく祖母の作ったご飯を食べる。

 その全てが美味しかった。

 残さず食べて、デザートまで出してもらう。

 祖母お手製のコーヒーゼリーは、売っているのと変わらないぐらいのクオリティだ。


 それもペロリと平らげて、まどろむ時間になる。

 僕と祖母は向かい合わせに座り、一緒にお茶を飲んでいた。


「……ねえ、守」


「何?」


「まだ真織ちゃんとは、一緒にいるのかい」


「うん」


 そうしていると祖母が、とても言いづらそうに話し出す。

 僕は何でもないふりをして、それに答えた。


「そうかい」


 祖母は、次に何を言うのだろう。

 その言葉によっては、もしかしたら。

 僕は緊張しながら待つ。


「ちゃんと守ってあげるんだよ」


 祖母の顔は、とてつもなく険しかった。

 それでも言葉は温かみがあって、心の底から言っているのが分かる。


 だから僕も、久しぶりに本当の笑みを浮かべた。


「分かった。絶対に守るよ」


「そう……そういえば最近、こんな事があったんだよね」


 僕の答えに、祖母は満足してくれたみたいだ。

 ゆっくりと頷くと、話題を変えた。



 そこから始まる世間話にしばらく付き合って、外が暗くなる前に祖母の家から出た。

 僕の姿を見送る祖母の顔は、少しだけ緊張していた。

 だから僕は安心させる為に、もう一度笑って手を振った。



 こうして今日の、僕の一日は終わった。

 彼女がいないと穏やかな気持ちになれるけど、それと同時に寂しさがあるから、もしかしたら僕の方が彼女に依存しているのかもしれない。

 何だか、そう思ってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る