第四話 つかの間の休息?


「水族館だあ!」


「真織、走って転ぶなよ!」


 休みの日。

 僕達は電車で行ける距離にある、水族館に来ていた。

 そこは少し古いけれども、規模が大きくたくさんの種類の生き物が見られるので、カップルに人気だった。

 僕達もきっと、カップルだと思われているんだろうな。


 チケットを買いながら、僕は少しだけ居た堪れない気持ちになっていた。


 真織は待ちきれないみたいで、そわそわと落ち着きなく歩いている。

 僕はその頭を撫でた。


「はい。真織の分。それじゃあ、入ろうか」


「うん! 守君ありがとう!」


 そのまま手を繋いで、中へと入る。

 こうしていれば余計に、バカップル感が出てきそうだけど、本当の理由は真織が迷子にならないためにだから現実は甘くない。

 中へと入ると、さっそくたくさんの魚が泳いでいる水槽が出迎えてくれた。


 真織が走り出しそうになったけど、僕と手を繋いでいるから無理だった。

 そのせいでほっぺを膨らませて、僕を見てくる。


「他の人の迷惑になるからね。走っちゃ駄目。ゆっくり見よう」


「はーい。分かりました」


 でもきちんと理由を言えば、ちゃんと納得してくれて大人しく走るのは諦めてくれた。

 そして二人で、ゆっくりと水槽を見て回った。


 僕が気に入ったのは、子ガメとか小さい生き物。

 真織が気に入ったのは、クラゲだった。


「ゆらゆらだね。可愛い」


「そうだね。いっぱいで、ぐるぐるしてる」


 彼女が何度も見たいとせがむから、順路から逆走してまでもクラゲの水槽に見に行った。

 子供が来ても、老人が来ても、場所を譲らず大人げなかったけど、楽しそうだから水を差せない。

 暗いから真織の事を気づいていない人々の視線を感じながら、僕は彼女の隣りに立ち続ける。



 どのぐらいの時間、そうしていたのだろう。

 いつの間にか、周りに人がいなくなっていた。


 クラゲの水槽と周囲の小さな明かりに照らされているだけの、薄暗い空間の中だから彼女の表情は僕には分からない。

 それでも笑っているんだろうな、とは思った。


「ねえ、守君」


「どうしたの?」


「クラゲって死んだら、水に溶けて無くなるんでしょ? ……すごく綺麗だよねえ」


 その事を考えていたから、楽しそうだったのか。

 僕は、さて何て返そうかと考えながら、とりあえず握っている手の力を込めた。

 水族館という環境のせいで、思考力がいつもより働かなくなっている。


 早く、駄目出しをしなくては。

 そう思っても、言葉が出なかった。


「水に溶けたらさ、人に迷惑もかけずに死ねるのかな。でも、無理なんだよね。終わらせる時は、誰にも迷惑をかけないで死にたいよっ。……守君。私、私ね」


「真織、大丈夫だよ。僕がずっとついているから。心配しないで」


 だけど、真織が泣いている気配を感じたら、考えている前に体が動いていた。

 僕は優しく、彼女の事を包み込んだ。

 すっぽりと収まってしまうぐらいに、小さな体。


 しかし、のしかかっている運命は途方もなく大きい。


「大丈夫。大丈夫だから」


 僕は何が大丈夫なのか、自分でも分からないくせに、壊れた機械みたいに同じ言葉を言い続けた。

 彼女もそれに何も言わず、抵抗することも無く、僕に抱きしめられていた。


 きっと誰かが今の僕達を見たら、こんな所でイチャイチャしていると顔をしかめるかもしれない。

 でも僕達の間には、そんな甘いものなんてなく。

 そしてこの関係は、とても壊れやすいものだった。

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