第三話 周囲の彼女に対する態度
真織は、僕以外に心を開いていない。
しかし彼女を取り巻く環境は、とても優しい。
「真織ちゃん、おはよう!」
「河野宮、今日も学校に来て偉いな」
彼女が校内にいれば、みんなが声をかけてくる。
そこには計算とか、そういうあくどい考えはなくて。
ただ、純粋な気持ちしかなさそうだった。
「守君もおはよう」
「おはよう」
そして僕にも、ついでの様に挨拶をしてくれる。
そんな良い人達だ。
それでも、真織は心を開く事は無い。
彼女は挨拶をされても、そのすべてを無視した。
僕も、そのフォローをしなかった。
「相変わらず、真織ちゃんはクールだねー」
「くーるびゅーてぃーってやつかな?」
「それが、河野宮の良い所だな」
フォローをしなくても、周りが勝手に好意的に受け入れてくれるからだ。
こんなにも彼女の周りには、性格が穏やかで優しい人で溢れている。
それなのに彼女は殻にこもったまま、僕に引っ付いて周囲を遮断していた。
このままで、いいのか。
僕はもう長い間、考えている。
きっと僕が言えば、表面上は仲良くしてくれるだろう。
しかしそれは、彼女を苦しめる結果を生むかもしれない。
そうなったら、僕にさえも心を閉ざしてしまう。
それだけは、絶対にあってはならない事だった。
だから考えてはいても、今のところ行動に移す気にはなれなかった。
もしも誰かに頼まれたら、また考えるかもしれないけど。
とにかく、今は誰も困っていなさそうだから、僕に出来る事は無かった。
そして、特に何かが変わるわけでもなく、一日が終わる。
真織も別に問題を起こす事は無かったから、僕の精神的にも楽だった。
「真織、帰るよ」
「うん。帰ろうかあ」
僕はすぐに帰る準備を終わらせると、彼女の席に近づく。
そうすれば、ゆっくりと荷物をカバンに詰め込み始めた。
その動きがとてもゆっくりなせいで、他の子達は次々に帰ってしまい、残ったのは僕達だけになってしまう。
僕は前の席に座りながら、急かす事も無く見守る。
長い時間をかけて、ようやく終わりそうになった頃だった。
閉まっていた教室のドアが開いて、クラスメイトじゃない人が中に入ってきた。
同じ学年だから、見た事のある顔だ。
……確か名前は。
「矢崎君?」
僕がその名前を言えば、彼はこちらを睨んでくる。
最近、こういう表情を向けられることが無かったから、何だか新鮮な気持ちだ。
「えっと、何か用かな?」
真織が口を開く事は無いから、僕が代わりに尋ねる。
そうすれば彼は、更に睨んできた。
「お前達のせいで、みんなめちゃくちゃだ! 何でこんな目にあわなきゃいけないんだよ! 全部全部、返してくれよ!」
驚いた。
それは、怒鳴られたからではない。
まだ僕達に、いや真織に対して、ここまで言う人が残っていたなんて。
逆に、少し嬉しくなってくる。
なかなか骨のある人なのかもしれない。
そんなどうでもいい事を考えていたら、彼は鼻を鳴らして走り去ってしまった。
もう少し何か言ってくると思ったせいで、少し拍子抜けしてしまう。
「終わったあ。帰ろう」
「うん、帰ろう」
まあ、でもちょうど真織の準備が終わったから良いか。
今までのやり取りなんて、まるで無かったかのようにしているマイペースな彼女。
僕も早く帰りたいから、彼女の荷物を持って立ち上がった。
「明日は、休みだねえ。水族館楽しみだなあ」
「僕も楽しみだよ。寝坊しないようにね」
「守君と出かけるから、目覚ましいっぱいかけるよ」
真織はスキップしそうなぐらい、楽しそうに隣りを歩いている。
僕は会話をしながらも、先ほどの矢崎君の事を考えていた。
怖いもの知らずの性格をしていて、とても面白かった彼だったけど。
きっと休みが明けて、学校に来た時はいなくなっているんだろう。
ここでは、真織が絶対なのだから。
彼女に害をなすものは、消される運命だ。
もしもこんな世界じゃなかったら、友達になってみたかったのに。
とても残念である。
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