第二話 月日が経っても、相変わらず


 神様が真織を選んでから、一年の月日が経った。

 その間色々とあったけど、彼女はまだ生きている。


 ただ、一年前とは随分と変わってしまった。





「守くん。今度の休みに樹海に行って、一緒に死のう?」


「真織、今度の休みは水族館に行く約束だったでしょ。忘れちゃ駄目だよ」


「そうだったっけ? まあ、守くんが嘘つくわけないかあ。私、クラゲ絶対見るんだー!」


 彼女は、僕と一緒に死にたがるようになった。

 前までは、こういう死に方はどうだろう? と聞いてきていたのに。今では、こういう死に方で一緒に死のう! と言ってくる。

 僕はその変化に最初は戸惑ったけど、今はすっかり対処にも慣れてきた。

 二度と使わないだろう情報も、たくさん頭の中に入っている。


 真織には悪いけど、僕は彼女に対してもう何度も嘘をついていた。

 水族館に行く約束なんてしていないし、他にも彼女を死なせないために嘘しかついていない。

 それでも彼女が、僕を疑う事は絶対に無いだろう。

 そこまで考えるほどの、脳みそを持っていないからだ。


 真織が選ばれてから一年の間に、彼女は昔と比べてぐちゃぐちゃに壊れてしまった。

 見た目では分からないかもしれないけど、もう二度と元には戻らないぐらいには。

 そんな彼女の中には、もう死にたいという気持ちしか残っていない。

 少しは僕の事が残ってくれていたら、嬉しいけど。期待しすぎは良くない。



「あら、守君。いつも真織の面倒を見てくれて、ありがとうね。これからもよろしく」


「あ、はい。おはようございます、おばさん」


 学校に行く前に、少し話をしすぎたみたいだ。

 真織の家の玄関からお母さんが出てきて、僕を見ると嬉しそうに笑った。

 僕は気まずく思いながら、小さく頭を下げる。


「たまには家に遊びに来ていいのよ。いつでも歓迎するから。その時は、守君が好きだったカレーを作って用意するわ」


「ありがとうございます。その内、行きます」


「うふふ、楽しみにしているわ。それじゃあね、真織。お母さん、パートに行ってくるから」


 真織のお母さんは、彼女にも声をかけた。

 でも彼女は、それを完全に無視する。

 僕も、とりあえずあいまいに微笑んでおいた。

 特に僕達の態度を気にしないで、そのままパートへと向かっていった。


「真織、まだお母さんと話してないの? 悲しそうな顔していたよ」


「ん? 何か言った?」


「……ううん、何でもない」


 真織は僕の注意を、聞いていないふりした。

 僕も、それ以上は何も言わなかった。



 真織が、一年の間に変わった事。

 その中には、周りに対する態度もある。

 昔はお母さんが大好きで、休みの日に遊ぶぐらいだったのに。

 今では、存在を認識しているかすらも怪しい。


 まあ、あんな事があったら当たり前か。


「真織、そろそろ学校に行くよ」


「うん。行こうかあ。……あっ、ねえねえ。一緒に行く水族館の近くに、海があるんでしょ? 見た後は、そのまま沈みに行こうよ」


「今は寒いし、たぶん見回りの人とかに止められるよ。その後は、ものすごく怒られるだろうな」


「怒られるのはやだなあ。それじゃあ、海は止めておこう」


 僕は気持ちを切り替えて、真織に学校に行くように声をかける。

 そうすれば珍しく、また死に方の提案をされたけど、軽く駄目だしすればすぐに諦めた。


 この感じで、あと半年。

 真織が誕生日を迎えるまで、僕は死にたがりを止めなきゃならない。

 それが出来るのか、僕は不安だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る