第67話 ついに化け猫

 艦隊がエラン・ガルドに接近すると散開し、代わりに星から上がってきた小型船が両脇についた。

 港から送信されている誘導電波に乗り、三隻は星に近づいていった。

 船のメインエンジンを停止し、俺はオートに切り替えた。

「うむ、もう少しだ。そう緊張するな。ただの国賓だぞ?」

「お前、外交バカにしてるのか。国賓ってのは、国の客なの。私が中指とかうっかりおっ立てたら、それだけで下手したら戦争になりかねないの!!」

 俺を抱きかかえたままのエリーナが、さっきからガンガン俺の頭を携帯端末の角でぶん殴っていた。

「うむ、いい加減痛い」

「うるせぇ!!」

『……誰にいつ中指おっ立てるんだよ。まあ、そういうフリーダムな会談もおもしれぇけどな!!』

 船は大気圏上縁部に達し、重力制御システムが作動した。

「うむ、いよいよ俺の仕事だな。久々なので、楽しみだ」

「仕事ってなに!?」

 正面スクリーンの一部に、ゴツい対物ライフルが表示された。

「うむ、気持ちよく五十口径でどうかな?」

「……やっぱ、私をぶっ殺す気だった」

 俺は笑った。

「俺のこの手で、どうやってボルトを引くのだ。気合いで引き金は引けるかも知れないが、反動で一緒に飛んでしまうかもな。ただの冗談だ。宅配ピザが待っているだけだ。カレー味が好みだ。全部食うなよ」

「お、お前な!!」

 船は港に向かって降下し、ゆっくり着陸ポートに降りた。

 瞬間、俺はエリーナの手から飛び出して、一気に船の外に向かってダッシュした。

「ま、待てや、コラ!?」

 すぐ後を追ってきたエリーナが船から降りた時には、俺は着陸ポート脇に止められた黒塗りの車の後部座席の扉を開け、直立不動で待っていた。

「お、おい……」

「遠路お疲れ様でした。どうぞお乗り下さい」

 俺は静かにエリーナにいった。

「な、なんだよ……」

「はい、私は恐らく宇宙で一番態度がデカくて偉そうな、ただの運転手です。失礼しました」

「……」

 エリーナが固まっていると、ダークスーツをきたオッサンが運転席から出てきた。

「……大変失礼を。我はご意見番のような者で、スタフォードと申します。シュタイナー元首はいつもこれでして」

「げ、元首!?」

 エリーナが声を上げた。

「……それはお前だ。俺は運転手」

「いい加減にしなさい。お客様をお待たせするものではありません!!」

 オッサンは俺を後部座席に思い切り投げ込み、エリーナには丁寧に笑顔で乗車を勧めた。

「……乗ろう」

 エリーナが車に乗ると俺ぶん投げたオヤジは運転席に座り、静かに車を出した。

「そ、そこは俺の席だ。退け、この野郎!!」

「はいはい、暴れないの……」

 エリーナが俺を抱きかかえ、ちゅ~るの封を切って口に突っ込んだ。

「……」

「おお、黙らせ方を心得ていらっしゃるようですな」

 車が港を出ると、警備車両に囲まれ警察車両が先導で道路を進んだ。

「ところで、いきなりの事だったので、どこのお国の方かすらも存じません。教えて頂けますか」

 エリーナが俺を強く抱き閉めた。

「あ、アルガディアです。あの、なにか意図があったわけではなくて!?」

「なるほど、少々お待ちを」

 助手席のダークスーツ野郎が、車に備え付けの端末を弄った。

「……エリーナ・ウイジット王妃様です。しばらく行方不明になり、西側では上を下への大騒ぎになったようですが、シュタイナー元首とは全く知らずに接触したようですね。なにかの意図はないでしょう。いつも通りバカ元首に巻き込まれただけかと」

「情報局長、分かりました。色々ご苦労もされた事でしょう。この、バカ元首は」

 車は静かに通りを進んだ。

「……元首をバカって普通にいってるぞ?」

「お、俺は運転手だ!!」

 エリーナが俺の頭を撫でた。

「……君は元首なの。この国のトップなの。分かった?」

「……うん」

 俺は静かにエリーナに抱かれた。

「私以上の手なずけ方ですね。なかなか、聡明な方なようで」

「……これで、聡明って」

 エリーナが携帯端末の角で俺の頭を叩いた。

「おい、ちゃんと説明しろよ。猫が元首って、まずないから。しかも、こんなの!!」

「……うん、あとでね」

 車の隊列は、エラン共和国官邸に向けて、ゆっくり進んでいった。

「……おい、局長。どの回線を使ったんだ。もう漏れたぞ、警備全車両に非常警戒。上空で監視しているヘリも総動員で探せ。この車両は狙われているぞ!!」

 俺は窓の外に向けて怒鳴った。

 車列が駐まり、警備車両からフル武装の兵士が俺たちの車を囲んだ。

 警察の監視ヘリに混じって、待機していたはずの陸軍が保有する戦闘ヘリが飛び交った。

「秘匿回線でしたが、もう破られていたようです。大変申し訳ありません」

「全く、どういう仕事をしているのだ。たかが、チンケなテロ集団ごときに、何度やられているのだ。エリーナ、お前の端末で探せるか。ここの公用の端末は、まず使い物にならなくてな。面倒だから、根本からぶっ潰してやる。局長、情報局のデータベースのアクセスコードを渡せ。セキュリティレベルは六だ。全情報を開示しろ、お前らより頼りになる!!」

「……ニャンコが、いきなり仕事始めたぞ!?」

 助手席のダークスーツが、素早く端末を操作して記憶媒体をエリーナに手渡した。

「……おいおい、これ絶対機密情報てんこ盛りだろ」

 半ば唖然としながら、記憶媒体を受け取ったエリーナは携帯端末に差し込んだ。

「うぉ、なんか勝手にどっかのサーバに繋がったぞ!?」

「うむ、情報局のデータベースにアクセスしてくれ。お前なら分かるだろ?」

 エリーナが唾を飲み込んだ。

「やってる事分かってるよね。私にこの国の機密情報ダダ漏れだぞ?」

「だからどうした。やりたい事が出来ない情報など、ゴミでしかない。組織名は「ガラシャード」。これをキーワードに、とにかく何でも拾って、出来れば本拠地や各拠点の位置を特定したい。もう、何人ぶっ殺されたか分からんし、いい加減ブチキレたぞ!!」

 エリーナが苦笑した。

「とんだ元首だぜ。ったく、こういうのは得意だからねぇ……」

 エリーナが携帯端末を操作した。

「各治安機関、及び全軍の即応部隊に出撃待機命令。十五分で済ませろ!!」

 車の防弾窓ガラスに銃弾が三発撃ち込まれた。

「ほらきた、終わったな。二秒で片が付く」

 近くのビルに戦闘ヘリが寄ってたかってあらゆる武装をぶちこみ、最後はビルが半壊した。

「おーい、ちょっとやり過ぎだぞ」

 携帯端末を弄りながら、エリーナがいった。

「うん? まだ、デザートが終わってないぞ」

 俺はレーザー発振器を片手に、半壊したビルをポイントした。

「ちょ、ちょっと!?」

 そこに、上空から投下された小型誘導爆弾が着弾し、ビルは瓦礫が詰まったクレーターになった。

「うむ、このくらいしないと気が済まん!!」

「……あのさ、あのビルに普通にいた人ってどうなった。考えた?」

 俺はエリーナの問いには答えず、笑みを浮かべて窓の外を見ていた。

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