第53話 猫の過去
俺だって、機嫌が悪くなる事もある。
しかし、それを表に出さないのが男というだ。
俺はエリーナに抱えられてファミレスを出て、船の操縦席に戻った。
『やっちまったな。うっかり、お子様ランチ食わせただろ。あれ、コイツが死ぬほど嫌いなものだからな。昔から、貨物屋なんかやってたわけじゃないぜ。平和な家庭の奇妙な飼い猫だった時代もあるんだ。長くはなかったがな!!』
「サム、余計な事をいうな!!」
俺は船をドッキングポートから切り離し、俺は航路に戻った。
「……な、なに、地雷踏んじゃったの。私?」
エリーナが俺を心配そうにみた。
「ん、なんの事だ。エリーナ、ファミレスはもういいだろう。どこも、似たようなものだしな。これから、ファルカジアまでの最短コースを取る。通過転送ゲートはあと三つのはずだ。この幹線を外れろ、ガラガラの脇道の方が速度が出せだろう」
『へいへい、新航路設定完了。画面で確認しろ』
俺はコンソールの画面で、予定航路を確認して神経インターフェースに手を乗せた。
「メインエンジン、フルパワー。少々、距離があるから飛ばすぞ」
俺は幹線から予定航路の脇道に逸れ、巡航速度を一気に跳ね上げた。
「……あの、なにが?」
エリーナが遠慮がちに聞いてきた。
「話してどうなるもんでもないさ。それより、第二エンジンの機嫌が悪い。ちょっと、みてくれ」
「……分かった」
エリーナがコンソールの神経インターフェースに手を乗せた。
「……なにも問題ないよ。一番問題あるのは君だよ。こんな計器のブレなんか、いつもの事でしょ。こんなのにいちいち反応してる段階で、明らかにいつもと違うよ」
俺は少しコンソールパネルの画面をみてから、ベルトを外した。
「サム、オート。ちょっと、休む」
『最初からオートだよ。今のお前には、危なっかしくて任せられないぜ!!』
俺は苦笑して、操縦室を出た。
仮眠室の猫サイズの床の扉を開けると、いわば俺の個室があった。
キャット・ウォークにキャット・タワーは当然装備だが、猫ベッドにどこで買ったか猫鍋ヒーターもある。
「目下の問題は、誰も猫じゃらしてくれない事だな。まあ、猫じゃらしは一人でも遊べるが……」
俺は扉を閉め、買ったっきり使った事がない、猫鍋ヒーターに入って丸くなってみた。
「な、なんだこれは、こんな快適なものがあったとは!?」
あまりのポカポカ具合に、俺は丸くなったままごく短時間で寝ていた。
「いかん、寝過ぎた」
猫鍋ヒーターの破壊力の前に、俺はかなり寝ていたようだ。
「うむ、誰が考えたか知らないが、これは最高の発明品だな。猫心をよく分かっている。こういうものが重要なのだ」
俺は階段を登り、仮眠室に戻った。
「よっと……」
扉を閉め操縦室に戻ってシートに座った。
「すまん、寝過ぎたようだな……今どの辺りだ?」
俺はコンソールパネルの時計をみた。
標準時で二時間は寝ていたようだが、移動距離が長いのでさしたる変化はなかった。
「……話してくれないの?」
エリーナがため息交じりに聞いてきた。
「おいおい、お前が落ち込むような事ではあるまい。寝たら忘れた。以上だ」
「……そう」
エリーナが俺の頭を撫でた。
「うむ。知らない方がいい事もあるのだ。面倒なだけだぞ」
「……その面倒を分かち合うために、ここにいるつもりなんだけどな」
俺は小さく笑みを浮かべた。
「プライベートってヤツだな。お前にもあるだろ。気にしないことだ」
エリーナが俺をシートから引っこ抜き、強く抱きしめた。
「うむ、それで十分だ。実際、大した事ではない」
「……飼い猫として平穏に暮らしていたら、君も含めて家族全員でファミレスで食事後、帰宅途上の自動車事故で君は重傷、他の家族は全員ほぼ即死状態。突然身寄りがなくなった君は、色々苦労して現在に至る。一番君を可愛がっていた娘さんの好物がお子様ランチで、あの時の注文もそれ。それが、家族全員で君がちょっとだけ食べた最後の食事になった。私って……」
エリーナがため息を吐いた。
「こら、サム。余計な事いうなっていっただろ」
『俺じゃねぇよ。気合いで全部自分で調べたぜ』
俺は小さく笑った。
「そんな片田舎の些細な事まで調べたのか。何年も前だぞ」
「……絶対教えてくれないって思ったから、自分で調べた。これは、君が話すわけないね」
エリーナは何度目かのため息を吐いた。
「酷い事したな。行きたくないならいってよ」
「行きたかったのだろう。俺が止めると思ったか?」
俺は小さく笑った。
「過去は過去さ、現在には関係ない」
船は準遠距離航行を続け、問題なく進んだのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます