第51話 時には燃えます

 仕事を請け負った先は、少々遠方だった。

 俺の星からならさほどでもないが、ファルファからとなると、なかなか時間が掛かる航海だった。

『転送ゲート、目的地ロック。突入まで約百二十秒』

「エリーナ、突発事態に備えろ。なにが起きるか分からんからな」

「ホント、この転送システムってショボいよねぇ」

 エリーナが自分のコンソールの画面に、各所の状況を表示した。

「ん、D-十七区画の火災検知器が作動してるよ。誤報かな……」

 エリーナの呟きに、俺は問題の区画周辺を調べた。

「誤報じゃないぞ。周辺区画を巻き込んだ大規模な火災だ。サム、転送中止。自動係留開始。なぜ、アラームが鳴らん」

『俺の方でも検知出来ねぇ。D-17の火災は今検知したが、ほかの区画はセンサーの回線がぶっ壊れてたんじゃねぇの!!』

「まあ、いい。当該区画を全て閉鎖。手動で自動消火システムを作動しろ」

『どこまでやられてるんだか分からねぇんだぞ。閉鎖ったって、どこを閉鎖するんだよ!!』

 エリーナが神経インターフェースに手を乗せた。

「サム、これからいう区画を全て閉鎖して。原因は、恐らく電気系統の配線がショートしてる。センサーの配線が先に焼けちゃえば、そのつもりでもなきゃ気がつかないよ!!」

 船の航行中の火災はロクなものではない。

 一番嫌なトラブルだった。

「ダメ、火災規模が大きすぎるのかセンサーがダメせいか、有効な消火作業ができていない!!」

 エリーナが叫んだ。

「うむ、なら俺式で行こう。エアロックにいこうか」

「エアロック!?」

 叫びながらも、エリーナは俺を抱えて一番近くのエアロックに飛び込んだ。

「そこにある宇宙服を着るといい。俺のはすぐ分かるだろう」

「……猫用宇宙服なんて初めてみたよ」

 着用自体は難しいものではない。

 俺もエリーナもさっさと宇宙服を着た。

「サム、聞こえるだろう。二番エアロック閉鎖。気圧を維持しろ、それ以外の気密扉を全てオープン。あとは、分かるな?」

『ったく、補強してなかったらバラバラになるぞ。一番エアロックを使う。いくぜ』

 船が猛烈に揺れ船内側の扉がもの凄い音を立てた。

「ちょっと、船内気圧ゼロって、空気抜いたの!?」

 エリーナが宇宙服のインカムでいってきた。

「うむ。空気がなければ燃えないからな。サム、二番エアロックのチャンバー内を減圧しろ」

『ったく、ムチャしやがるぜ!!』

 今いる二番エアロックの空気が抜かれ、船内側の扉が開いた。

 要するに、パンパンの風船の空気を抜いたようなもので、並みの船なら急減圧の衝撃で破壊されていてもおかしくなかったが、この船は高速仕様にするために過剰なほど補強してあるので、全く問題なかった。

 一番エアロックの外扉を開けた瞬間、とんでもない暴風が吹き抜けたであろう船内は、固定していないものはメチャメチャだった。

 しかし、燃える船をどうにかするよりはマシだった。

「さて、エリーナの出番だぞ。異常箇所を特定して治さない限りは、船を元の状態に戻せない」

「ったく、ムチャするんだから!!」

 エリーナは操縦室の自分のコンソールを弄り始めた。

「……ああ、ここにデブリを食らったか。不自然な損傷があるよ!!」

「うむ、いきなり爆発しなくてよかった。全く、このゴミは始末に悪い」

 エリーナが神経インターフェースが使えないため、キーボード操作という昔ながらの方法で作業を始めた。

「よし、いかれた配線を直したぞ。サム、テスト」

『問題ねぇよ。しっかし、デブリ警戒装置は当然マックスだったんだぜ。そこまでの損傷を負わせるだけの、デカいヤツは検知出来るぜ!!』

「もう一つ、ただのデブリだったらこの程度の損傷で済んでないぞ。問題が起きた区画は船の中央部付近だ、どうもおかしいな」

 簡単にいえば、船外に当たったはずのゴミで、船の中である中央部がいきなりぶっ壊れた事になる。

どう考えても、理屈に合わないことだった、

「サム、周辺警戒。なにかがいる可能性が高い」

『何かってなんだよ。いわれなくてもやってるが……」

 エリーナがため息を吐いた。

「……『アーリー』たちが動き出した可能性がある。家畜以下の扱いでも、本国で使われていたからね。多分、なにもいないよ。数分持てばいい装備で宇宙に放り出されて、文字通りの使い捨てだよ。そうなると、色々な意味で簡単じゃなくなった。ちょっと待って、旦那なんていいたくないけど、あのブタ野郎を上手い事始末しておかないと」

 エリーナはこれ以上はないくらい、冷酷な表情でなにか始めた。

「よせ、ロクな事にならん」

「……至って普通のアルガディア市民の思考だよ。こんなクソみたいな国、とっとと滅べばいいのに。まあ、そこまではやらないけど、国王という名のただの腐れブタ男くらいにはしてやったよ。もう、誰もいうこと聞かないだろ。これで、事実上は私の国になったぞ。誘拐同然で王妃にされてから、方々に仕掛けを作ってきたからね」

 エリーナは笑みを浮かべた。

「アルガディアの実権を握る従業員か。そんなものが、存在していいと思っているのか。真っ直ぐ送るから、このまま国に帰る事だ。暢気に俺の相棒とかやってる場合ではない。国民が路頭に迷うぞ」

 俺は航路を変更した。

「……ごめんなさい。それだけは許してくれないかな。もう、あっちには私の居場所なんてないんだよ。国のことは、どのみち携帯端末越しに役人に指示を飛ばすだけなんだ。どこにいても同じ。名ばかりとはいえ、国王を残したのはいてくれないと、示しが付かないから。王妃は国王にはなれないからね……」

「……どうしたものか悩むが、無理矢理送り返しても意味がないなら、危険を犯して近寄る必要もないか。俺の方が、貨物屋を廃業してお抱え運転手かね」

 俺はヘルメットの中で苦笑した。

「……だから、ただのエリーナだって。意識しないでよ。役立たずのマネージャとでも思って」

「はぁ、どうも面倒な従業員だな」

 俺は小さく笑った。

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