第50話 仕事場に移動開始

 リゾート……それは、すなわち破壊の限りを尽くす遊びである。

 って、そんなわけがあるはずもなく、可能な限り事故や怪現象を装ったが、無理があるところは無理だ。

 そこで登場するのが、エリーナだ。

 コイツが「いいから、黙ってろ」と一言いえば、全て片付いてしまうのである。

 宇宙に点在する国家のうち、軍事強国として宇宙に散らばる最大規模の艦隊を持ち、力で幅を効かせるアルガディアの王妃を怒らせようものなら、小国なら瞬殺されかねない。

 まあ、政治でも経済でも、この宇宙の中心は事実上アルガディアだった。

「うむ、ファルカジアまで最短ルートをいくぞ。一つ目の転送ゲートまで、標準時二時間半。エンジンフルパワー」

『抜けた先は幹線三千八百九十号線だ。デカい野郎の宝庫だぞ!!』

 俺は笑みを浮かべた。

「避ければいいだろう。造作もない」

『まぁな、そうするとファミレスはパスか?』

「なに?」

 エリーナが聞いた。

「何のことはない。ただのメシ屋だ。特に美味いものもないし、いいだろう」

 エリーナが俺をシートから引っこ抜いて、首根っこ掴んで自分の顔と俺の顔を向かい合わせた。

「……寄りなさい。分かった?」

「そんな真顔になるほどの者でもないが、寄るらしいぞ」

『ったく、このバカップルはよ。ファミレスったって、いくらでもあるが?』

 俺は笑みを浮かべた。

「分かっているだろう、あそこだよ。こんな事もあろうかと、ちゃんとクーポンを持ってるからな」

『馬鹿野郎、せいぜいドリンクバーが無料になる程度だろ。セコいんだよ!!』

 エリーナが俺の顔を自分の顔に近寄せた。

「……いっぱい、あるのか?」

「そりゃまあ、各種チェーンあるからな」

 エリーナは勢い余って、俺の顔を自分の顔に押し付けた。

「……」

「……」

 エリーナが俺の顔を少し離した。

「うむ、くっつけたら喋れんな」

「……分かった、遅くなっていい。全部寄りなさい」

 エリーナは無駄に得意げな笑みを浮かべた。

「おい、全部だそうだ。こんな事もあろうかと、全てのチェーンのクーポンも持っているぞ」

『おい、クーポンはもうどうでもいい。ファミレスのハシゴかよ。何件あると思ってるだよ!!』

「……いいからやりなさい。全部、食べ尽くすから」

 エリーナがニヤッと笑みを浮かべた。

「うむ、健康でいいことだ」

『いや、逆に不健康だと思うけどな!!』

 こうして、転送先はファミレス巡りになった。

「うむ、いっておくが微妙な価格設定だったり、妙に高かったりするぞ?」

「問題ないって知ってるでしょ?」

 エリーナが俺をシートに戻して、小さく笑みを浮かべた。

「どっから金が……まあ、いい。転送まではやる事がない。ブラッシングでもしてくれ」

「はいよ。すぐに、なんかグチャグチャになるんだよね……」

 エリーナが猫用ブラシを取りだし、俺の毛をせっせとブラッシングしはじめた。

「うむ、短毛種が羨ましい時があるぞ。中毛種って、なにか半端だしな……知っているか、ラグドールの男は、冬毛になると首回りがたてがみのようにフワフワになるのだ。まあ、それだけだがな。見た目は格好いいが、ゴミが絡んで邪魔だ」

 エリーナが小さく笑った。

「毛がフワフワだから、胴体が意外と細いんだよね。まあ、これだけ毛があれば冬は問題ない!!」

「夏毛に換毛する時は大変だぞ。空気清浄機のフィルタがすぐ詰まる」

『このバカップル、なんの話してんだよ!!』

 サムの声に、俺は笑みを浮かべた。

「猫が猫であるための苦労だ。大変なんだからな」

『ああ、大変だよ。船の空調フィルタだってすぐ詰まるんだよ。五年交換しなくていいはずが一年でダメになるんだよ。どうにかしろよ、安くないんだぞ!!』

 俺は考えた。

「……いっそ、剃ってしまうか」

「ダメ、なんか違う生き物になっちゃうからダメ!!」

 エリーナが猛反対した。

「しかし、猫の抜け毛は意外と問題に……」

「絶対ダメ!!」

 まあ、航海は平和だった。

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