第13話 快適な航海
アルファトで大兵力を割いたせいか、妨害らしい妨害もなく、船は最大速度で順調に航行していた。
最終目的地に向かうに当たって、通常のレーダーはあてにならないので、ずっとエリーナが魔法で補強していた。
「ん、なにか背後でチラチラしてるな」
レーダー画面を見ながら俺は呟いた。
「……ガルーダ級高速艇でしょう。通常のレーダーでの発見はまず困難です。魔法でもなかなか捉えられない厄介な相手です。これなら、この船の速度にもついてこられます」
俺は笑みを浮かべた。
「全く、背後からコソコソと。サム、ビビらせてやろう。エンジン出力リミッタカット。本当の最高速を見せてやるぞ」
『おいおい、また交通局から怒られちまうぞ。そうじゃなくたって、速度超過で罰金の山なんだからよ!!』
操縦室にアラームが一回だけ鳴った。
「エリーナ、気合い入れろ。半端なくキツいぞ」
「ま、まだ、加速出来るんですか!?」
俺は神経インターフェースに手を乗せ、ニヤッと笑みを浮かべた。
押しつぶされそうな加速Gを伴い、船が蹴飛ばされたような勢いで加速した。
レーダー画面の背後でチラチラしていた影があっという間に消え、さらなる加速を続けていると、無線の声がスピーカから流れた。
『こちらは交通局です。貴船は大幅に通常航行速度制限を超過しています。直ちに減速して下さい。船籍コードを確認しました。後ほど、違反金の支払い振込票を送付します』
「……おい、どっかに自動航行速度取り締まり装置あったか?」
『あったけど、いう前に通過しちまったよ。この速度じゃ、最高額枠の罰金だな』
俺はうなだれて船の速度を一気に落とした。
「あ、あの……」
「すまん、今は一人にしてくれ……」
俺は正面スクリーンを見つめながら、ため息を吐いた。
「……」
エリーナが携帯端末を操作した。
「……なにをしている」
「……いえ、ちょっと」
なにか熱心にやっていたエリーナが、笑みを浮かべた。
「交通局のデータベースをみていたのですが、なぜかこの船の速度超過の記録がありません。機械がボロかったのでは?」
「……なんで交通局のデータベースなんてみられるんだ、不正侵入しただろ。しかも、データを改ざんって、立派な犯罪だぞ」
エリーナは小さく笑った。
「痕跡を残すようなヘマはしていませんよ。これで問題ないでしょう」
「釣り銭の間違いを猫ばばしたり、罰金が多かったり、俺は善良な市民かグレーゾーンだったが、これで完全にブラックになってしまったぞ。アウトローな貨物屋か……」
「あ、あれ?」
エリーナが不思議そうな顔をした。
『中途半端に真面目なんだよ。善良な野郎でいたいらしいけど、どう考えても無理だよな。電気代払えない段階で、迷惑掛けてるし!!』
「それは払えばいいだけだろう。いいだろう、白いけどブラックな猫野郎も悪くない」
エリーナが俺をシートからひっこ抜いて抱きしめた。
「……世の中、正直なだけでは生きられません。分かりましたか?」
「……分かった。それもそうだな」
『なに説得されてるんだよ。ってか、このお嬢さん半端ねぇな!!』
そのうち、エリーナが俺を飼うとか言い出すんじゃないか。
そんな不安が、少しだけ過ぎった。
「大丈夫です。速度超過はもみ消しますので!!」
エリーナが笑みを浮かべた。
「もみ消すのではなく、抹消だろう。もうヤケクソだ、全開航行でぶっ飛ばすぞ」
『おい、エンジンの摩耗を考えろよ。正直言って、かなりヤバいぞ!!』
サムが警告を出した。
「そうか……エリーナ、少し遅くなってもいいか。出来るだけ、まともな状態にしておきたいのだが」
「はい、いざという時に困りますからね。万全にして下さい」
俺は頷いた。
「サム、オヤジを呼べ。どのみち、オーバーホールだったんだ」
『それがいいと思うぜ。このままじゃ、目的地までももたねぇよ。現在地を送信したら、待ってねぇでお前の方からもこいってよ。じゃねぇと、一週間は掛かっちまうって!!』「分かった。目的地を一時変更だ。オヤジの場所は分かってるだろ?」
目の前の航路図の線が書き換わった。
「……確かに遠いな。サム、安全出力までエンジンを絞れ。途中でぶっ壊れたら面倒だ」
『んだよ、チンタラいけってか。まあ、しょうがねぇけどよ』
画面の航路図を見ながら、エリーナが携帯端末を操作しはじめた。
「おい、今度はなにをやる気だ?」
「……はい、なぜか目の前に転送航法の出入り口がありますね」
エリーナは笑った。
「今度はコイツを都合良く動かしたな。大迷惑だからやめろ」
「あとで直しておきます。どうぞ」
俺はため息を吐いた。
「全く、バス停の標識を勝手に動かすのと、わけが違うんだぞ……」
俺は船を転送航法の出入り口に突っ込んだ。
「どうせあっちも動かしたのだろう。そのうち、捕まるぞ」
エリーナが俺をシートから引っこ抜いて抱きしめた。
「私は捕まらないから安心して。これ……」
エリーナはポケットからちゅ~るを取りだした。
「……それは、反則だぞ。猫を黙らせるリーサル・ウエポンではないか」
「はい、怒らないで。どうぞ」
エリーナは笑みを浮かべ、チュールの封を切った。
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