第9話 お買い物
「うん、常備食の猫缶は大量に積んであるのだが、人間用のメシがなくてな。いい加減、腹が減った頃だろう。ここまで長時間になるとは思っていなかったからな。サム、なんか適当な店はないか?」
「み、店!?」
エリーナが声を上げた。
「そんなに不思議か。航行中に腹が減ったらどうするんだ。なんでもあるぞ」
『なんか適当じゃなくて、セコいからコンビニだろ。ちょっと待ってろ』
「セコいからコンビニ?」
さらに不思議そうになったエリーナに俺は笑った。
「そうだな、例えば牛丼屋だったとしよう。牛丼は安くて美味い、玉子を掛けるとなおいい感じになる。だが、店内に入るために絶対使うドッキング・ポートの利用料とか抜かして、牛丼本体の大体五倍くらいは金を取られる。バカ臭くてやってられるか。その点、コンビニはお買い上げ金額に応じて無料だしポイントも貯まる。こんないいところはない」
『そのポイントも使うのが勿体ないとかいってよ、今四万ポイントくらい貯まってるだろ。セコい上にケチくせぇんだよ』
俺は笑みを浮かべた。
「ポイントは非常事態用なのだよ。いざって時に四万ポイントもあれば、猫缶くらいは買えるだろう」
『何個買う気だよ。そこまで気合い入れてポイント貯めてるヤツ、多分そんないないぜ。お嬢さんはこうなるなよ。どうしょうもねぇよ!!』
エリーナはポカンとした。
「……そもそもシステムが分かりません。故あって、世間をあまり知らないので」
「そうか。まあ、いけば分かる。おでんとか美味いぞ」
『お前、超絶猫舌だろ。おでんなんか買っても、二時間は放置じゃねぇか。あと十分も進めば、お前が好きな頭にナがつくカードが使えるコンビニがあるぜ。今のところ空いてるな。自動誘導依頼を出したぜ……きたきた。あとは、ドッキングまでオートだ』
「な、なにか、大袈裟ですね……」
「まあ、小惑星並みに小さいのが普通だからな。下手に自力でドッキングしようとすると、店に突っ込んで大惨事になってしまうからな。基本的には向こうからの誘導で、オートモードだ。これで、利用料がお買い上げ金額に応じて無料だぞ。やめられん」
『てか、むしろ牛丼屋が普通じゃねぇの。コスト掛かるんだからよ。コンビニはたいへんだねぇ……』
オートモードで進むうちに、小型のステーションが見えてきた。
全面にデカデカとチェーン名が書かれていた。
間違いない、目指すコンビニだった。
「うむ、見えてきたぞ。ソコソコの大型店だな」
「あ、あれが、コンビニ……」
護身用なのだろう。
エリーナは腰に帯びていた小型の銃に手を伸ばした。
「こら、なにを勘違いしている。そんなものを振りかざして入店したら、それこそセコいコンビニ強盗だぞ。いいから、引っ込めておけ」
「は、はい……」
異常な緊張状態のエリーナが唾を飲み込んだ。
「メシを買いに行くのに、そんな緊張するヤツはいないだろう。ああ、ついでだ。帰ってからやろうと思っていた、電気代を払っておこう。忘れると、止められるからな」
『もう止まってるだろ。良かったな、これでお前の家に明るい生活が戻るぜ!!』
俺は咳払いした。
「サム、余計な事はいうな……」
「……生活、大変なんですか?」
エリーナが心配そうに聞いてきた。
「も、問題ない!!」
「……」
エリーナは、携帯端末を出して操作した。
「な、なにをしている?」
「迷惑料です。なにかの足しにして下さい」
決済完了の電子音が流れ、エリーナは笑みを浮かべた。
「……なんだ、この屈辱感は」
『よかったじゃねぇか。当分、電気が止まる事はないぞ!!』
……コホン。
船はステーションから、何本か伸びている腕のようなものの一つに誘導されていった。
『相対速度ゼロ……二番エアロックにドッキング。気圧調整完了。ごゆっくりお買い物を。ってか、いい加減ポイント使え、失効しちまうぞ!!』
「そこの管理はしっかりしている。問題ない。よし、いこうか」
俺は隣のエリーナをみた。
「は、はい……」
やはり緊張気味のエリーナを伴って、俺は操縦室を出た。
ドッキングしている二番エアロックはすぐ近くにあった。
船内側の扉にあるタッチパネルに触ると、分厚い扉がスライドして開いた。
その向こうは気圧調整用の狭い部屋だが、今回はドッキングポートと同じ気圧なので普通に抜けるだけだ。
安全のために船内扉が閉まらないと、船外側が開かない。
「気圧は問題ないな」
一応、外扉側の気圧計をみて確認したあと、俺は外扉を開けた。
やや長めの通路の先に、地上のそれと同じ自動ドアが見えた。
「こ、ここが、コンビニ……」
「そんな秘境にでもたどり着いたような顔をするな。いこう」
俺たちは通路を渡り、自動ドアを潜った。
店員のいらっしゃいませの声に、エリーナがビクッとした。
「うん、標準装備だな。なかには、これすら出来てない店もある。ここは、まともなようだ」
「す、凄い。宇宙にこんな場所が……」
俺は笑った。
「人間が考える事は分からんが、便利に使わせてもらっている。さて、好きなものを買うといい。ただし、航海中は禁酒が俺のルールでな、酒は止めてくれ」
「わ、分かりました」
エリーナはいきなりカゴを四つ取った。
「いきなり、気合い入っているな。その調子でいけ」
「なにがなんだか……」
戸惑いながらも、エリーナの爆買いが始まった。
「うむ、いい買いっぷりだ。店の中がほぼ空になったぞ」
レジが二人掛かりになって、鬼のように積まれた商品をせっせとスキャンしていた。
「は、はい……用意だけはしておこうかと」
エリーナが寂しげな笑みを浮かべた。
「聞かないでおこうか。俺はおでんでも……」
ただでさえクソ忙しい店員に殺気が走った。
「……頼んだら、殺されかねないな」
「じゃあ、このおでんとかいうのも全部と、こっちのなんか揚げてあるヤツも全部下さい」
しかし、エリーナは屈しなかった。
「……お前さん、やるな。ここにきて、全部?」
「はい、どれが美味しいか分からないので、店員さんが白目剥きそうになっていますが、大丈夫ですか?」
「……これも仕事だ。気合いで乗り切るだろう。そう、願うぞ」
ここまでやると逆に迷惑になりかねないが、客は客だ。
他に誰もいないし、まあ、ゆっくりやって欲しかった。
速さが命のコンビニのレジでとんでもなく長いを過ごし、弾き出された金額はみた事がない桁数だった。
「……ポイント使っても到底足りん」
「ああ、もちろん持ちますよ。これで」
現金商売の俺には縁のないクレジットカードで、コンビニの金額ではない金額をエリーナが支払った。
とんでもない数のレジ袋をエリーナが器用に持ち、俺たちは店を出た。
「そんなにどうするかは聞かないが、食わない分は仮眠室にでも入れておいてくれ。しかし、なんだこの量のおでんとフライヤー商品の数は。いくらなんでも、多すぎるぞ」
「これでも大食らいの方なので、問題ないですよ。それと、温かいものは温かいうちにです。無理矢理にでも食べさせますからね」
エリーナが笑った。
『すっげぇ、コンビニでなに爆買いしてんの。高いのに!!』
「そ、そんな事より、熱々たまごを口にねじ込むのはやめろ!?」
「おいしいですね。はいどうぞ」
コンビニから離脱した船は、再び航行を再開した。
『なに、今度は餌付けされてんの。これもばらまいておこう』
「お、お前な。熱い!?」
「はいはい、どんどんいきますよ」
……今のところ、航行の障害はなし。
しかし、コンビニで買い物しただけで、この騒ぎだった。
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