第8話 アーリー

「さて、真面目にいこう。ここの馬鹿野郎がぶっ壊すから、転送システムの出入り口までが遠くてね。最高速で飛ばしても、計算上は標準時で四十八時間は掛かる。好きな時に休むといい」

 船は設定した航路通りに航行を開始した。

 無駄な時間を食っているので、機械的な損耗を考えて通常はやらない最高速巡航で、転送システムの出入り口を目指していた。

「はい、お手数お掛けしました」

「その言葉は着いてからだな」

 エリーナの言葉に、俺は笑った。

「……あの、つかぬ事をお尋ねしますが、カーゴルームは与圧可能ですか?」

 エリーナがそっと聞いてきた。

「まあ、色々なものを積むからな。ペットのスコティッシュフォールドを一万匹運んでくれなんて依頼に備えて、生物輸送用に快適かどうかは分からんが、生存できる環境には出来るぞ。なんだ、どっかで猫でも拾って飼うのか?」

 俺は笑った。

「計画より遅れてしまったので、今のうちに明かしておいた方がいいでしょう。私は……」

 操縦室内にアラームが流れた。

『どこに潜んでいやがった。進路を塞ぐ形で大型戦闘艦が三隻。回避するには近すぎるぜ。停船命令を出してる』

「どこの所属だ……また、極端なステルス艦だな。ほとんどレーダ波を反射しないし、赤外線の放出量も低い。控え目にいっても、最新鋭だろう」

『所属信号なしだぜ。どこのボンクラだかな!!』

 俺は笑みを浮かべた。

「所属も明かさんヤツの停船命令など聞けないな。回避出来ないなら突っ込むぞ」

『ったく、またムチャしやがって。色々受信してるぜ、間違いなく撃ってくるぞ!!』

 俺は船を三隻のうち、二隻の合間目がけて突っ込むコースを取った。

「ジャマーのロック完了。発信されているあらゆる周波数帯を使えなくしました」

 エリーナが笑みを浮かべた。

「さすが、見事。このまま抜けるぞ」

「……それでもいいのですが、自己紹介のようなものの途中でしたね。今後は、私の事はお客さんではなく武装だと思って下さい」

 エリーナは笑みを浮かべ、早口で何か呟いた。

「ん?」

 正面スクリーンに派手な光を放つ光弾が三つ写り、瞬時に目の前の大型艦に向かって飛んだ。

 一撃で船体がバラバラに吹き飛ぶ程の爆発が起きた。

「なるほど、『アーリー』か」

「えっ、ご存じなのですか?」

 笑みを浮かべる俺に、エリーナが驚きの声を上げた。

「そりゃ、仕事柄あちこちいくからな。別にこれが初めてではない」

 「アーリー」とは、今は絶滅したともいわれる、機械に頼らず純粋な魔法を使える人種だ。

「そ、そうですか……」

「うん、珍しいが驚くほどのことはない。まあ、出来るだけぶっ壊すのは止めてくれ。好きじゃないんだ」

 エリーナが頷いた。

『ほら、極めつきに面白い嬢ちゃんだったぜ。これで、船のソフトウェア的な事もハードウェア的な事もバッチリなんだからよ。無敵じゃねぇか!!』

「全くだ。マジでうちに就職しない?」

 俺は笑った。

「……それも考え始めました。正直、楽しいですよ」

 エリーナが笑った。


 それ以来襲撃もなく、航海は順調に続いていた。

「おい、そろそろ寝ておけ」

 あくびをかみ殺したエリーナに、俺は笑った。

「……いつ襲撃があるか分かりません。のんびり寝ているわけにはいきません」

 エリーナは椅子に座ったまま目を閉じ、俺のベルトを無理矢理外して抱きかかえた。

「こ、こら、しまいには怒るぞ。ベルトなしでいい速度ではない!!」

『あーあ、すっかり気に入られちまったな。こりゃ、社員が増えるかな。仕事ないけどな!!』

 サムの呆れたような声が聞こえた。

「ごめんなさい。こうしないと、寝られなくて……」

「こら、ベルトもそうだが、操縦士がいないぞ。サム、なんとかしろ!!」

『馬鹿野郎、管理AIになにが出来るんだよ。大人しく猫やってろ。ったく、どこまでも面白いお嬢さんだぜ!!』

 こんな事をやっている間に、エリーナは俺を強く抱きしめて寝息を立てはじめた。

「お、俺は眠剤かなにかか。それは、抱き猫だが場所を考えろ!!」

 しかし、ジタバタしたところで放してくれそうもなかった。

「ね、猫扱いされた事ないから、どうしていいか分からん。いいか、ラグドールは最も手間が掛かった品種といわれていてな、どっかの星の気合い入った婆さんが根性で完成させたと……」

『落ち着けよ、ここでラグドールの解説してどうするんだよ。まあ、一言いえば、なんで理想が狸顔だったかは謎だがな!!』

「これが落ち着いていられるか。どうするんだ、これ!?」

『どうもこうもねぇだろ。寝ちまったんだから、大人しく抱っこされてろ。面白いから、画像撮って仲間にばらまいてやったぜ!!』

「お、お前な!?」

『総員大爆笑だぜ。これで、笑い者だな!!』

 ……まあ、しばしの平穏な航海は続いたのだった。

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