第4話 愉快な乗客
「……ヴァイス?」
エリーナに揺り起こされ、俺は目を開けた。
「いかん、本気で寝てしまったようだな。サム、どうだ?」
『なにオネンネこいてんだよ。自己診断ならとっくに終わってるぜ。今出すけどけどよ、エンジンコントロール装置は二機ともエラーだらけでダメだ。変なもんブチ込むから、ぶっ壊れたぞ。あと、第二エンジンは自動点検修理装置で修理中だ。あとでオーバーホール前提なら問題ねぇよ』
俺は正面パネルに表示された自己診断結果をみた。
「なるほどな。エンジンコントロール装置だけなら、ファームウェアを旧バージョンに戻せばいいだろう」
『お前、普段自分がいってる事忘れたのか。こういうのは、一発で決めるのが男だ。バックアップなんて女々しいものは要らん。時間も掛かるしな……とか抜かして、いつも一発勝負するだろうが。はっきりいって、これは男じゃなくてただの馬鹿野郎だぞ。こういう事もあるんだからな。しかもお前、このファームウェアはα版だ。せめて、β版にしろよ。カスもいいところじゃねぇか!!』
「……そうだったか?」
俺は頭を掻いた。
「なるほど、起こるべくして起きたことですね。噂通りです」
エリーナが笑った。
「……お前、この噂を聞いても、なお選んだのか。物好きもいいところだぞ」
俺はため息を吐いた。
「よくないが、まあいい。せめて、現在地くらい分かったか?」
『それも最悪だ。どの航法支援システムも応答しねぇ。要するに、たまにある「狭間」に迷い込んじまったわけだ』
「狭間」とは、宇宙中に配置されている現在地の特定など使う位置情報を送信している機械の受信圏外の事だ。
そんな場所はないといわれているが、機械物なので何かの拍子でこういうことがあるのが実情だった。
「全くついてないな。航行ログを辿って戻るしかないか……」
『それがよ、なんか妙なウイルスでもいるんじゃねえの。今回出航してからの航行ログが全く残ってねぇんだよ。今調べて気がついたがよ』
エリーナがうなだれた。
「……悪気はなかったのです。どうしても、私が移動した記録を残したくなかったので、勝手に仕掛けをさせて頂いたのです。ごめんなさい」
俺はため息を吐いた。
「そのメモリカードだな。全く、色々やってくれる乗客だな。お陰で、戻る事も出来なくなってしまったぞ。まあ、それはそれで楽しいともいえるがな」
「……あとで、色々弁償します。それくらいしか」
俺は笑った。
「これ以上金をむしり取るのか。そこまで、あくどいように見えるかな。さて、そうなると、どこだか分からない場所で航行不能か。そういう事情なら、救難信号も出せないだろうな」
「……はい、そうして頂けると助かります。この状況で、なにをいうかという感じですが」
エリーナはため息を吐いた。
「いいだろう。サム、エンジンの直結コントロールは?」
『馬鹿か。なんであんなのがあると思ってるんだよ。俺があんな繊細なもん制御出来るわけねぇだろ。すぐにぶっ壊しちまうぜ!!』
予想通りの答えだった。
「考えてもしょうがない気がするが、考えてみようか……」
俺は現実逃避に目を閉じた。
ふと目を開けると、エリーナが座席の神経インターフェースに手を乗せ、何かをやっていた。
「おいおい、またイタズラか?」
俺は苦笑した。
「いえ……こういう事に少し詳しいので、試しに新しいファームウェアを組んでいました。かなりカスタムしているようなので、なかなか難しいですが」
俺は苦笑した。
「そりゃ、あんな狂ったようなエンジンを四発も積んでいるからな。これを弄れるショップは一件しかなくてな」
俺はそこで気がついた。
「なんだ、あのオヤジにまともなヤツを転送させればいいんだ。クレームも一緒にな」
『そんな事はとっくに試してるよ。でもな、そこのお嬢さんのイタズラで、どうも非常用の近距離通信システム以外ぶっ壊れたみたいでな。当然、通信圏外だったぜ。これは、予期していなかったらしいけどよ!!』
サムの声に、俺は笑った。
「なかなか楽しい客だな。こんな愉快な航海も珍しいぞ」
「ごめんなさい。なんとかします」
必死に画面に向かうエリーナをみてから、俺は改めて自己診断画面を呼び出して細かくチェックした。
「おいおい、これじゃ仮にエンジンが起動しても、ロクに航行出来ないぞ。なにをやってくれたのやら」
俺は笑みを浮かべてエリーナをみた。
「……こ、こんなはずでは」
「まあ、計算違いというのはよくある話だ。さて、どこから直せばいいんだ」
俺は小さく笑った。
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