第2話 出航

『全システム起動。第二エンジンが微妙にヤバいぞ。どこまでいくんだか知らねぇけどよ』

「これを……」

 サムの声に続き、少女が金属板のようなもの……一般的な情報記憶媒体を見せた。

「なるほどね……左肘掛けの下にスロットがある。自分で差してくれ。怪しいモノには触らない事にしてるんでね」

 俺は笑みを浮かべた。

 少女は笑みを浮かべ、カードスロットに記憶媒体を差し込んだ。

 正面のパネルに埋め込まれている画面に、航行ルートのデータが表示された。

「……嘘じゃなかったが、真実でもなかったか。あくまでも、エラン国際港は中継点って事だな。なんだ、この終着の座標。こんな場所に、なにもないはずだが」

「……行けば分かるとしか。今は勘弁して頂けませんか?」

 少女が懇願するような目で見てきた。

「まあ、構わないがな。見合う以上の金はもらってる。サム、航法データセット」

『んだよ、随分遠出じゃねぇかよ。ったく、こき使いやがってよ。はいはい、セット。いくの?』

「ああ、急ぎの客だ。とっとと出よう」

 俺はざっとパネルをチェックした。

 特に問題はない。距離はあったが、それほど時間が掛かる話ではなかった。

『はいよ。ったく、相変わらずこのクソ田舎の港、管制がでねぇよ。なにやってんだ。無視して出ちまおうぜ』

「馬鹿野郎、それやったらいくら罰金だと思ってるんだ」

『うるせぇ、面倒……おい、カードに指定されていた識別コードにしたらよ。ここの防衛艦隊から出航停止命令がきやがったぞ』

「し、しまった、それはあとで……もう遅い」

 少女がため息を吐いた。

 俺は笑みを浮かべた。

「そうでもないぞ。ここのボロい防衛艦隊なんざ、簡単に振り切れるぞ。サム、管制管理システムにハッキング。この船の無断出航記録を消せ。これ以上やると、免許がなくなるかもしれん」

『最初からそうしろってんだよ。もうとっくにやった。いつの間にか、この船は消えちまったってわけだ。ざまぁみろってな』

 俺は笑った。

「いくぞ。艦隊の座標を確認して、背後に回り込め」

『いつものおちょくりだな。いくぜ』

 船が音もなく地面を離れた。

「……」

「遅いって思うなよ。こんなところでメインエンジンなんか使ったら、なにをぶっ壊すかわからん。大気圏外に出て規定の安全ラインを抜けてからが本領だ」

 地表からしばらくは重力制御システムの力で、衝撃で無駄に破壊しないように上昇していくのが常だった。

 特にこの船は大型大出力エンジンを四発も積んでいるので、うっかり妙なところで作動させようものなら、地表が広範囲に渡ってメチャメチャになるはずだ。

 やったら楽しそうではあったが、怒られるなんてものではなかった。

「ああ、そうだ。暇だから、そろそろ名前ぐらいは教えてもらおうか。俺はもう知ってるだろうが、ヴァイスだ。ここの言葉で白。見ての通り白いからな。ラグドールって知ってるか。まあ、猫の中ではデカい方だな」

 俺は笑みを浮かべた。

「……これは偽名ではありません。私はエリーナ。故あって、旅をしています」

「そうか。まあ、それほど長い時間ではないだろうが、よろしく」

 俺は笑みを浮かべた。


『防衛艦隊がおかしいな。規模が五倍以上だ。しかも、コルザベート級フリゲートがいる』 大気圏外に出ると、サムが警告を発してきた。

「……やっぱり」

 エリーナが呟いた。

「ゴルザベート級か。その高速性能から、通称は高速船殺し。面白い、一勝負してやろう。サム、艦隊後方についたら国際緊急チャンネルで一声かけろ。『ばーか』とな」

 俺は笑った。

『もっと下ネタとかブチ込んでやれよ。ってか、勝手にやっとくぜ』

「おいおい、間違ってもスピーカーには出すなよ」

 艦隊が間抜けにも盛大に発生させている各種電波などを追い、俺の船は秘匿行動でこっそり近寄っていった。

「あ、あの、攻撃はしないで下さい!!」

 エリーナが声を上げた。

「攻撃ってどうやるんだ。これは貨物船だぞ。デブリの自動破壊システムくらいはついてるが、武装なんか一切ない。なにかに狙われたら、ひたすら逃げるのみだ」

 俺は笑った。

『ある意味男のマシンだろ。ちなみに、気持ち程度に防御系のシールドはあるぜ。まあ、役に立つかどうか分からねぇけどな。魔道ジェネレータが発生するエネルギーを、ほぼ全てスピードに注いでるんだ。馬鹿野郎って何度もいってるんだがな!!』

「……噂は聞いていましたが、なかなかやりますね」

 エリーナが息を吐いた。

「その評判を聞いて選んだんだろう。猫はスピード命だからな。よし、いいだろう。サム、派手にやれ」

『おう、最高にひでぇ下ネタをブチ込んでやる!!』

 オフにしていた各種センサーを作動させ、艦隊の後方にいる事を確認した。

『反応したぜ、やり過ぎてブチキレちまったけどな!!』

「加減しろ。まあ、好都合だ。熱くなったバカを振り切るなど、どうって事はない。サム、推進系フルラインナップ。メインエンジン作動、一気に振り切れ」

『おらよ!!』

 サムの声と共に、船が強烈な加速Gを伴って宇宙をかっ飛ばした。

「……」

「これでもGキャンセラは最大出力で稼働している。なかったら、今頃二人でグチャグチャに潰れているだろうな」

 何やら頭にきているらしい防御艦隊から攻撃照準レーダーやレーザーが照射されているのを検知しているが、この速度では全く捕捉出来ないようだった。

『きたぜ、ゴルザベート級四隻。十八時方向から。確かに速いぜ!!』

「どこからきたんだかな。この辺りではないはずだ。見せてやるか。エリーナ、ちょっとキツいぞ。サム、エンジン出力最大」

『おいおい、今回は文句いわねぇ荷物じゃねぇんだぞ。クレーム出ても知らねぇからな』

 船がさらに蹴飛ばされたように加速した。

「おい、どうだ?」

『おちょくってたゴルザベート級なんざ、もうとっくにいねぇよ。今頃、ビビってるかブチキレてるんじゃねぇの?』

 サムの言葉に笑い、俺は隣のエリーナをみた。

「気絶しなかっただけ大したものだ。速度だけなら、そうそう負けない自信はあるがね」

「……この船に武装は要らないですね」

 エリーナがポツリと呟いた。

 こうして、俺たちは宇宙へと飛び出したのだった。

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