懐かしの街④
ジョルノはそう言うと、大きな手の平を開き、リアンに差し出した。
リアンは戸惑いながらも、笑顔で差し出された手を握り、握手を交わす。
「よし!さっそく仲間の所に行くぞ!」
ジョルノはそう言うと、握手を離し、今度はリアンの逆の方の手を取り、立ち上がった。
そしてジョルノは、リアンの手を引き、ブルーシートの屋根の下から出て、歩き出した。
「腰は、もう大丈夫なんですか?」
腰を痛めた事を忘れたように、ぐいぐいと手を引き歩くジョルノに、リアンは心配そうな顔を向ける。
「おぉ、そうだった!でも、もう何ともないぞ!」
元気そうに答えているところを見ると、どうやらそれは嘘ではないらしい。
路地裏を出た二人は、大通りを通り過ぎ、もう一つ隣の路地裏を歩く。
そして暫くすると、小屋のような物が見えてきた。
その小屋は一瞥しただけで分かる程、所謂ボロ小屋と呼ぶに相応しい佇まいをしている。
ジョルノはその小屋の前で立ち止まると、ドアを開け、中へと入って行く。
リアンが開かれたドアの前で待っていると、ジョルノの呼ぶ声が聞こえた。
リアンは頭を下げ、小屋の中へと入って行く。
小屋の中は外からでは分からなかったが、十二畳程の広さがある。
恐らくこの小屋は、廃材を使って建てられたのだろう。
壁は隙間が空いていて、屋根も雨漏りがしそうな感じだ。
そして小屋の中央には、何故かピアノが置かれている。
他には、半畳程の大きさの茶色いテーブル一つと、形や作りがバラバラの椅子が五脚置かれている。
そして、壁際には茶箪笥のようなものが置かれているだけで、他に家具らしき物は見当たらない。
「ここで待っとれば、誰かその内くるからな!」
ジョルノはそう言うと、赤色の丸い椅子に腰掛けた。
「…このピアノ」
リアンはこのピアノに見覚えがあった。
「あぁ、リアンと出会った所から、皆で持って来たんだ」
「…弾いていいですか?」
懐かしむ目でピアノを見詰めるリアンは、初恋の人を前にしたように、胸の鼓動を早めている。
「弾けるのか?なら、弾いてみろ!」
ジョルノはうれしそうに手を叩いた。
リアンはピアノの前の椅子に腰掛けると、開いた手の平をゆっくりと優しく、鍵盤にあてがう。
懐かしい感触と、あの日まで触れていたピアノの体温が、この手の中にある。
音を確かめる必要はない。
このピアノの事はなんでも知っている。
リアンはあの日に戻ったように、何の迷いも無く、鍵盤の上で指先を踊らせた。
柔らかで心地良いメロディーが室内に響き渡る。
ジョルノは静かに目を閉じると、にんまりとした笑顔を浮かべた。
鍵盤の上で動き続ける指先は、リンクの上で踊るフィギュアスケーターのように、そのメロディーに乗り、滑らかに動いている。
リアンが夢中で弾き続けていると、誰かが小屋に入ってきた。
その男は、目を閉じ演奏を聴いているジョルノの横の椅子に座ると、リアンのピアノに耳を傾け、うっとりとした表情を浮かべた。
どのくらい弾いていただろう、夢中で引き続けていると、小屋の中にはジョルノ以外に三人のホームレスらしき姿をした男達が座っていた。
ピアノの音が止んだ。
余韻に浸っているのだろう、皆はまだ瞳を閉じている。
そして暫くすると、男達は立ち上がり、リアンに拍手を送った。
リアンは照れ臭そうに頭を下げると、ジョルノの元へ駆け寄った。
「リアン、皆を紹介するぞ」
ジョルノはそう言うと、男達を紹介した。
髪がぼさぼさで、痩せ細った男の名はショルスキ。
分厚い壊れた眼鏡を掛けているのはビスコ。
オレンジ色の派手な上着を羽織っているのがスワリ。
皆が皆、それぞれが個性的なメンバーだ。
「みなさん、よろしくお願いします」
リアンは礼儀正しく頭を深く下げた。
「リアンは、教授ぐらいピアノ上手いな」
ジョルノの言葉に、皆は一斉に頷く。
「教授?…教授って誰ですか?」
「リアンぐらいピアノが上手くて、いつも飯を持ってきてくれる人だよ!」
ジョルノはそう言うと、親指を立て、にんまりと笑った。
「そろそろ来る頃じゃないか?」
そう言た次の瞬間、小屋のドアが開いた。
「やあ、みんな飯じゃぞ」
荷物を抱えて入ってきた老人はそう言うと、リアンの顔を見て不思議そうな顔をした。
「教授!こいつリアンっていって、行き場所がないんだって」
ジョルノは教授と呼ばれる老人に向かい、そう言った。
「リアンです。よろしくお願いします」
リアンはにこやかに微笑む教授に、頭を下げた。
「わしは皆から教授と呼ばれておる。リアンも教授と呼んでくれ…リアンは行く場所がないのか?」
「…はい」
「…じゃあ、この小屋に住めばいいじゃろ。食べ物はわしが毎日持ってきてやるから心配することはないぞ」
そう言った教授は、見る者全てが安心するような穏やかな笑顔を浮かべた。
「…いいんですか?」
「あぁ、かまわんよ。なあ、みんな」
皆は、うんうんと頷いている。
「ありがとうございます」
リアンは心の底から、皆に感謝した。
「じゃあ、新しく仲間も加わったことだし、今日は宴会でもやるか?」
教授の提案に、ジョルノ達は大賛成だ。
「じゃあ、酒持ってくるから料理作って待っといてくれ」
教授はそう言うと、嬉しそうに小屋から出て行った。
「よし!料理しようか!」
ジョルノはそう言うと、教授が持ってきた袋を抱え、小屋の外へと出て行った。
皆もジョルノに続き、外に出た。
小屋の裏には水道があり、その周りを覆うようにトタンの屋根が張られている。
そして水道の近くには木製のテーブルが置かれ、その上には鍋などの調理器具が置いてあった。
ビスコはマッチで薪に火を付け、水を張った鍋をその上に吊す。
そしてジョルノから受け取った袋から食材を取り出すと、ビスコは慣れた手つきで包丁でそれらを切り、鍋の中へと放り込んでいく。
ショルスキとスワリは、黙ったまま、ビスコが料理している姿を見ている。
どうやら、普段からビスコが料理を担当しているようだ。
そして、鍋で食材をコトコト煮ていると、教授が戻ってきた。
「酒持ってきたぞ!あとリアン用にジュースもあるからな!」
教授はそう言うと、酒が入っている袋をジョルノに渡した。
「よし!そろそろ、いいだろう!」
ビスコは鍋を焚き火から下ろし、小屋の中へと入って行く。
皆もビスコの後に続いて、小屋の中に入った。
「さあ、宴会のスタートだ!」
皆がコップを持ったのを確認すると、教授は乾杯の音頭をとった。
小さなテーブルの上には、鍋とパンの入った籠、それに酒とジュースの瓶が置かれている。
それ以外には物を置けるスペースは無く、皆、椅子に座り、左手にコップを持ち、ビスコの作ったシチューの入った皿は、太股の上に置いている。
「うまい!」
ジョルノは太股に置いた皿から、器用にスプーンでシチューを掬うと、口いっぱい頬張り、ビスコに向かい親指を立てた。
「リアン、うまいか?」
教授は、皆を真似して太股の上に皿を載せている為、食べるのに一苦労しているリアンに向かい、笑顔で尋ねた。
「はい、おいしいです」
「そうか、そうか!はははは!」
教授は、リアンの笑顔を見て笑った。
リアンも教授の笑い声を聞いて、心の底の不安な気持ちが晴れていった。
「教授!リアンもピアノ上手いんだぜ!」
ジョルノは、ピアノを指差し言った。
「ほう、そうか!リアン何か聴かせてくれんか?」
「いいですよ」
リアンはコップと皿を座っていた椅子の上に置き、ピアノの前に座った。
何を弾こう?
そんな考えは頭には浮かばない。
指先が鍵盤に触れれば、指先が勝手に踊り出す。
そしてそれは瞬時に、美しいメロディーを奏でた。
「…ほう」
教授はリアンのピアノの音に耳を傾け、静かに目を閉じる。
そしてリアンは何も考えずに、指に任せてピアノを弾いた。
賑やかだった小屋の中は、リアンの美しいピアノの音だけが響き渡る。
そして、演奏が終わった。
皆が拍手を送る中、リアンが元の席に戻ってきた。
「…上手いな」
教授はにっこりと微笑むと、リアンに向かい、親指をぐぃっと立てた。
リアンは小鼻を掻くと、照れ臭そうにジュースを口に含んだ。
「次、教授のピアノ聴かせてくれよ!」
ジョルノは急かすように、手を上下させる。
「わしか?いいぞ」
今度は教授がピアノの前に座った。
そしてピアノに指を這わせ、リズムを奏でていく。
そのピアノの音を聴いたリアンの体に衝撃が走った。
そしてその衝撃は、一瞬で感動へと変わった。
リアンは、他の者が奏でるピアノの音を聴いて、歓喜の涙を流した事は今までにあった。
しかし、今まで聴いた誰のピアノよりも、今聴いているピアノの音は、心の奥深く、そして魂さえも揺さぶられるような感覚に陥っているのだ。
リアンは知らず知らずのうちに、涙で顔をくしゃくしゃにしていた。
涙を拭う事を忘れ、教授のピアノに聴き入っているのだ。
そしと教授のピアノ演奏が終わる頃には、今までの嫌な事が、全て洗い流された気持ちになっていた。
「…どうじゃった?」
ピアノを弾き終わり、涙を流しているリアンに向かい、教授は尋ねる。
「…感動しました」
リアンはようやく涙を拭い、美しい音色を奏でた、教授のその指先を見詰める。
「リアンのピアノも感動したぞ」
教授はリアンが見詰めている指先を、リアンの肩に優しく置いた。
「そうだ!教授に負けてなかったぞ!」
教授の一声を聞き、ジョルノは言った。
「ありがとうございます」
それが本心ではないと分かりながらも、リアンは素直に皆に感謝した。
「…さあ、宴会はまだまだ続くぞ!」
教授はそう言い、コップを掲げる。
こうして宴会は、夜まで続いた。
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