懐かしの街③

差し込む太陽の光が、眩しい。


リアンは目を細め、喋り出した人影を見詰める。


整えられてはいない、もじゃもじゃの髭。


それにボサボサの長い髪。


そして、綺麗とは呼べない、継ぎ接ぎがしてある布切れを纏っている。


男は、家を持たない、所謂ホームレスのような格好をしているのだ。


「…あの」


リアンが言い掛けた時、男がまた喋りだした。


「お前は誰だ!?なんで、わしのブランコに乗ってる!?」


足を幾度も踏み締める男は、怒っている様子だ。


「…これは僕が、昔作ったブランコです」


リアンはブランコから降りて、おどおどした視線を男に向ける。


「…お前が作ったのか?」


「…はい…昔ここは僕達の秘密基地でした…ブランコを作り…ここにあったピアノを弾いて遊んでました」


リアンは、昔ピアノがあった場所を指差した。


「えっ?あのピアノも、お前のか?」


男は驚いた顔をしている。


「…僕のじゃないですけど…元からここにあった物です」


その時、リアンの腹の虫が激しく鳴った。


「なんだお前、腹減ってるのか?」


男はそう言うと、汚れた上着のポケットから、白い紙袋を取り出した。


そして紙袋に右手を突っ込むと、中から何やら取り出した。


「ほら、食べろ!うまいぞ!」


差し出した男の右手には、光沢のあるコッペパンが握られている。


「…いぇ…お腹空いてないんで」


腹は減っているが、リアンは遠慮した。


「いいから喰え」


男はリアンの手を掴むと、無理矢理手の平を開かせ、その上にパンを置く。


リアンはその置かれたパンを見詰めた。


食べたい気持ちは湧いては来るのだが、リアンは食べるのを躊躇した。


身なりからして、ホームレスである事はリアンは分かっている。


男を軽蔑している訳ではないのだが、汚れた衣服のポケットから取り出した食べ物とあって、やはり抵抗があるようだ。


「食べろ食べろ!うまいぞ!」


男は満面の笑みで、リアンをじっと見詰めている。


リアンは恐る恐るパンに噛み付いた。


「…美味しい」


冷めきったパンは少し固くなってしまっているが、噛めば噛むほど甘味が増し、空腹のリアンの胃袋を刺激する。


リアンは夢中でパンに食らい付いた。


男は満足そうな顔をして、リアンを見詰め続けている。


「…ごちそうさまでした」


パンを平らげたリアンは、男にお礼を言った。


「…ブランコ、乗っていいか?」


男は不意にリアンに問い掛けた。


「…え?あっ、どうぞ」


そう答えたリアンの返事を聞いて、男はブランコに飛び乗った。


「見てくれ!見てくれ!がはははは!」


男はとても楽しそうにブランコを漕いでいる。


「がはははははは!」


さらに男は漕ぐスピードを速めた。


すると男の姿が、突如ブランコから消えた。


男は宙を舞い、「ドスン!」と凄い音を立てながら、腰から床に落ちてしまった。


「だ、大丈夫ですか!?」


リアンは男に駆け寄った。


「うぅー!いい所見せようと調子に乗ったら腰打った!」


男は舌をぺろっと出して、笑っている。


どうやら大怪我はしていないようだ。


「痛ててて!」


立ち上がった男は、腰を押さえ、声を洩らした。


どうやら腰を痛めたようだ。


「大丈夫ですか?」


リアンは、男の肩を両手で支えた。


「おお、これは楽でいい。お前、わしを連れてってくれんか?」


「え?」


「こうやって、わしの肩を支えて連れて行ってくれんか?」


「何処にですか?」


「わしの家まで頼むよ」


「いいですよ」


行く宛ても無く、何よりも困っている者を前にして、リアンは即座にそう答えた。


「ちょい待て、こうした方が楽ではないかな?」


男は右手を挙げると、その腕を肩を組む形でリアンの肩に置いた。


リアンの鼻を、微かに石鹸の香りが擽る。


身なりは汚れているが、どうやら風呂には入っているようだ。


「おぉ!やはりこちらの方が楽だわい!では、出発進行!」


男の号令の元、二人は秘密基地を後にする。


「ここ右じゃ…左じゃ」


男の案内の元、歩いて行くと、二時間程して隣町に着いた。


「もう直ぐ着くからな」


男はそう言うと、にっこりと微笑んだ。


リアンは、この隣町に来るのは初めてだった。


無論、町の名前は知っているが、その程度しか知らない。


リアンが生まれ育った町に比べ、この町は少しは栄えているようだ。


その証拠に、故郷では殆どすれ違わなかった通行人にも、この町に入った途端、すれ違うようになった。


しかし、格好からしてホームレスと分かる男が、少年に抱えられて歩く姿を、すれ違う者は、怪訝な顔で見ていた。


「…ここですか?」


リアン達は、路地裏の行き止まりで足を止めた。


「そうじゃそうじゃ、ここがわしん家じゃ!」


一見して粗大ゴミ置き場のような、汚れたソファーやテーブル等が置いてある一角には、ブルーシートの屋根がしてある。


「ただいま」


男はそう言うと、その一角のソファーにどかりと座った。


「…じゃあ、僕はここで」


リアンが帰ろうとすると、男はひき止めた。


「まぁ、茶でも飲んでいけ」


男はそう言うと、タンスから取り出した紙に、マッチで火を着け、それを目の前のバケツに放り込むと、近くの藁や紙くずを投げ、火をくべた。


そしてバケツの上に使い込まれた網を載せると、やかんを載せ、茶を沸かす。


男の手付きは実に慣れたものだ。


毎日のように茶を沸かしているのかもしれない。


茶が沸くまでの間、手持ち無沙汰なリアンは、辺りをキョロキョロとする。


薄汚れたブロック塀には時計も掛けてあり、勧められてリアンが座っているソファーも、汚れてはいるが座り心地がいい。


両サイドをブロック塀に囲まれ、後ろはレンガ造りの建物が建つ空間に作られた部屋は、六畳程はありそうだ。


ドアはないが、ブルーシートの屋根がある。


寒ささえ凌げれば、案外快適なのかもしれない。


「さぁ茶だぞ、飲め飲め」


男は、リアンが座るソファーの前に置かれたローテーブルに、淹れたばかりの茶を置いた。


「…いただきます」


リアンは溜め息を吐き出した後、茶を啜った。


「…お前、もしかして行く宛てがないのか?」


男は、リアンの顔をまじまじと見ながら問い掛ける。


「えっ?どうしてですか?」


「あんな所に座り込んでいたではないか」


「…はい、行く宛てはありません」


リアンは正直に答えた。


「よし、じゃあこの街で暮らすか?」


「えっ?この街にですか?」


「そうじゃ、そうじゃ!この街は食べ物に不自由せんしな!いい街じゃぞ!住む所もわしらが作ってやるぞ!」


「……」


行く宛てのないリアンは、茶を啜るのを止め、考えた。


金も無いし、住む家も無い。


ホームレスとして暮らすしかないのか?


それは考えるまでもない。


リアンは、答えを出した。


「…はい。この街でお世話になります」


リアンは、男に頭を下げた。


「よし!じゃあ、わしの仲間を紹介せんといかんな!」


「…お願いします…自己紹介遅れました。僕はリアンと言います」


「わしは、ジョルノじゃ!よろしくな!」

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