狂わしのメロディー
狂わしのメロディー①
マドルスの葬儀は、親族だけでしめやかに行われた。
リアンは棺の中で安らかな顔をして眠るマドルスを見て、涙が止まらなかった。
リアンに見守られながら死んでいったマドルスは、最後までジャンの死を言えないままこの世を去った。
最後の最後まで、リアンに嫌われる事を恐れたのだ。
『リアン、生まれてきてくれてありがとう』
この言葉を最後に、マドルスは息をひきとった。
そして葬儀は、終わった。
葬儀を終えた次の日。
荷物を纏め終えたリアンの元に、スタルス家の遣いの者が訪れた。
そしてリアンは、スタルス家の執事と共に、スタルス家へと向かったのだ。
スタルス家も、マドルス家と変わらぬ程の、大豪邸と呼ぶに相応しい佇まいをしている。
「今日からこちらが、あなた様のお部屋になります」
執事は荷物を部屋に置きそう言うと、部屋から直ぐに出て行った。
一人残されたリアンは、部屋の中を見回す。
広さはマドルスの家にいた時の部屋と比べても、大差ない程、一人には十分過ぎる程広い。
部屋の中には、机やソファー、ベッドなどはあったが、ピアノはなかった。
リアンは荷物を床に置き、いかにもフカフカなベッドに腰掛けた。
そしてマドルスの形見となった、首に掛けている銀色のネックレスを手に取り、何かを思うように眺める。
あんなに流した涙は渇れることなく、流れ落ちていく。
しばらくベッドに腰掛けて涙を流していると、執事が呼びに来た。
リアンは涙を洋服の裾で拭くと、部屋を出て、執事の後を付いて行く。
すると、執事が案内した部屋の中では、スタルスとジェニファとジュリエが、長テーブルの前の椅子に座っていた。
長テーブルの上には、食器やパンが並んでいる。
そしてリアンは、執事に案内された席に座った。
「…今日からお世話になります…よろしくお願いします」
リアンはスタルス達に向け、緊張した面持ちで頭を下げる。
「もう我が家の一員なんだから、本当の家族だと思って接してね」
ジェニファは、にこやかな笑顔を浮かべている。
「よろしくね」
リアンと同い年のジュリエは、恥ずかしそうに言った。
スタルスはリアンをちらりと見るだけで、返事はしなかった。
そして夕食が始まった。
リアンは食事をしていても悲しみのせいで、あまり味を感じなかった。
ついこの間までマドルスと会話をしていた事を思い出し、自然と涙が込み上げてくる。
ぽとりと落ちた涙で、スープはしょっぱくなった。
「食事中に泣くな!」
泣き声を上げていた訳ではないが、頬に伝う涙を見て、スタルスは叱り付けた。
その一言で部屋の中は、沈黙に包まれて行く。
リアンは涙を我慢し、食事を続けた。
しかし食欲など湧かなかった。
そしてリアンは殆どの料理を残してしまった。
「うちの料理は口に会わないか?」
スタルスは嫌みっぽく言った。
「…あなた」
たまらずジェニファが言った。
「食欲がないだけよね…無理して食べなくてもいいからね」
ジェニファは、優しい笑顔をリアンに向けている。
食事を終えたリアンは自室に戻り、荷物の整理を始めた。
複数並べた写真立てには、両親とジャンの他に、マドルスの写真が加わっている。
そしてフェルドの絵を壁に飾り付けた後、ベッドに寝そべり、暫く呆然と眺めていた。
そして疲れていたせいか、そのまま眠りの世界に落ちていった。
「おはようございます」
執事の声でリアンは目を覚ました。
目の周りは泣きながら眠っていたせいか、涙の跡でがびがびになっている。
リアンは洗面所に向かい、顔を洗った。
そして鏡に写る自分の顔を見詰める。
実に悲しそうな顔をしている。
リアンは頬を叩き、気合いを入れた。
いつまでも悲しんではいられない。
今日から新しい学校に行く事になっているのだ。
顔を洗い終わったリアンは、食事をする部屋へと向かった。
「おはようございます」
食卓に付いていたスタルス達に向かい、リアンは頭を下げた。
「おはよう」
ジェニファとジュリエはにこやかにリアンを出迎える。
スタルスは返事をせず、新聞を読み続けている。
執事が運んできた、温かそうにほんのりと湯気立つスープが皆の前に置かれると、朝食が始まった。
昨日の夕飯の時もそうだが、スタルス家の食卓は静かだ。
しかし、そんな沈黙を破るように、スタルスが口を開いた。
「…リアン、学校ではソーヤ家の名に恥じない振る舞いをしろよ」
目玉焼きを食べていたリアンに、視線を向ける事なくスタルスは言った。
「…はい」
リアンはフォークを置き、静かに頷いた。
その言葉を最後に、食卓はまた沈黙に包まれる。
リアンは息が詰まりそうだった。
そして愉快だったジャンとの朝食を思い出す。
大笑いしながら食べたハムステーキ。
具沢山なサラダ。
朝っぱらからステーキなんて日もあった。
ジャン元気かな…
死んだとは知らないジャンの事を考えているうちに、リアンはマドルスを亡くした悲しみが少し和らいだ。
朝食が終わり、リアンはジュリエと共に、専属の運転手が運転する車に乗り、学校へと向かった。
リアンはジュリエと同じ学校に通う事になっている。
その車中、リアンはジュリエと話をした。
同い年とあって、話が合う。
ジュリエは目がパッチリとしていて大きい。
黙っていれば、フランス人形のような可憐さがある。
リアンはジュリエの顔が近づく度、ドキドキとしていた。
そして会話を重ねていくうちに、ジュリエはとても優しい性格だと感じ取った。
家族だったマドルスを亡くして、リアンが落ち込んでいると思ったのだろう、ジュリエは彼女なりのユーモアで笑わせてくれている。
リアンがマドルスが亡くなって以来、こんなに笑ったのは始めての事だ。
学校に着くまでの間に、リアンとジュリエは、古くからの友人のように仲良くなった。
学校に着いたジュリエは、リアンを職員室に案内した。
そして教師にリアンを紹介し、手を振りながら自分の教室へと向かって行く。
リアンは教師に自己紹介をし、その教師から紹介された、これから担任になるミシェラという女教師の前で、再び頭を下げ、自己紹介をした。
ミシェラはにこやかに自己紹介を仕返すと、二人は職員室から出て、教室へと向かう。
「…今日からお世話になる、リアン・ソーヤです…よろしくお願いします」
教室に入ったリアンは、今日からクラスメイトになる皆の前で頭を下げた。
「リアン」
リアンが頭を下げていると、声を掛けられた。
リアンが頭を上げて声がした方を見ると、ジュリエが無邪気に手を振っている。
どうやらジュリエと同じクラスになった様子だ。
「私のいとこなの。みんなよろしくね」
ジュリエは立ち上がり、皆に言った。
するとクラスメイトの誰かが拍手をしだした。
それにつられクラスメイト全員が拍手をしだし、教室に拍手の音が響き渡る。
「よろしくお願いします」
リアンは顔を真っ赤にしながら、担任のミシェラから指定された席に着いた。
席の隣には、奇遇にもジュリエが座っている。
リアンが席に着くと、ジュリエはにこやかに白い歯を見せ笑った。
リアンも照れた表情を浮かべ、笑顔を返す。
そして休み時間になる度、クラスメイトがリアンの元にやって来た。
前の学校同様に、みんな優しそうな人だらけだ。
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