悲しいメロディー

悲しいメロディー

話はリアンがジャンの病室を訪れる、二時間程前に遡る。


既に処置を終えていたジャンの病室は、酒場の常連客達で賑わっていた。


そこにマドルスが来たのだ。


そしてマドルスは賑わう病室をよそに、ジャンの耳元で何かを囁いた。


するとジャンは驚いた顔をした後、病室にいる常連客達に、マドルスと二人きりして欲しいと頼んだのだ。


そして常連客達が病室から出て行くと、ジャンがゆっくりと口を開いた。


「…本当ですか…フェルドの親父さんて?」


「…はい、本当です…私の名はマドルス・ソーヤといいます」


マドルスは悲しそうな顔をしている。


「…マドルス・ソーヤ…ってあの…」


ジャンはマドルス・ソーヤという名前を知っていた。


そして記憶に残る、昔見た雑誌に写っていたマドルス・ソーヤと、目の前にいるマドルスの顔が一致した。


「…世界的に有名なピアニストですよね?」


「…ただのピアニストです」


そう謙遜したマドルスの顔は、より悲しみに染まっている。


「…息子の子供…孫の名前を教えてくれませんか?」


「…リアンと言います」


「…リアン」


マドルスはリアンの名を呟きながら、堪えていた涙を流した。


「…私はずっと息子を探していました…そしてやっと出会えることができたんです…今日、息子達の墓に行ってきたんです」


マドルスは誰かから聞いた、フェルド達夫婦が眠る墓を参った帰り道に、ここにきたのである。


「…あなたがリアンを育ててくれていたのですか?」


「親友の子供ですし…自分の子供だと思っていますから」


「…ありがとうございました」


マドルスはしわくちゃの手でジャンの手を握り締めながら、涙を浮かべている。


「…これは今まで育ててくれていたお礼です」


マドルスは握り締めていた手を離すと、床に置いた鞄から、何かを取り出した。


それはジャンが見た事がないような、幾つもの札束だった。


「…そんな物いりません」


ジャンは金を受け取らなかった。


「…リアンを私に返して貰えないでしょうか?」


「…返すも何も、私の自慢の息子ですし…」


「…お願い致します…私は息子の夢を踏みにじり、ずっと後悔して生きてきました…しかし、息子は私が謝る前に死んでしまっていた……だから息子の代わりに私の手でリアンを育てたいのです」


マドルスはそう言いながら、また札束をジャンに渡そうとした。


「…だから、いりません…」


暫く、二人の間に沈黙が流れた。


ジャンはその時、考えていた。


自分が育てるのと、マドルスが育てるのとでは、どちらがリアンにとって幸せかを。


マドルスならリアンのピアノの才能を伸ばしてくれるはずだ。


そしてマドルスは何不自由無く暮らせるだけの金はあるだろうし、何より世界的に有名なピアニストだ。


リアンは今の暮らしのような苦労する事無く、暮す事ができるだろう。


しかし、リアンと別れて暮す事は、死ぬほど辛い。


だが愛するリアンの為を思い、ジャンは答えを出した。


「…あなたと暮す事が、リアンにとって幸せなことなんでしょうね…分かりました…リアンをよろしくお願いいたします」


噛み締めるように言いながら、ジャンは涙をボロボロと流した。


「…ありがとうございます」


マドルスはそう言いながら、またジャンに札束を渡そうとした。


「…いりません」


ジャンは金を受けとることはなかった。


そしてマドルスは、自分が五年前からフェルドを探す旅をしている事を話し始めた。


その話しが終わる頃、リアンが病室に入ってきたのだ。

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