親友との別れ②

そして二人は懐かしむように、共に過ごした日々を振り返る。


話しは尽きる事はなかったが、時間は無情にも流れ、外は夕焼けに包まれ始めた。


「…そろそろ帰らないと、母ちゃんに叱られちゃうな」


ドニーは寂しそうに呟いた。


「…うん」


リアンも同じ気持ちだ。


「…リアン…離れてても俺達はずっと親友だからな!」


ドニーはリアンの手を握り締め、涙を堪え、無理やり笑顔を作った。


「うん!」


リアンもドニーと同様に涙を堪え、力強く手を握り返す。


そして二人は秘密基地を出て、歩き出した。


「…あっ、かばん学校だ」


ドニーは、思い出したように呟いた。


リアンとドニーは、かばんを取りに学校へと向かった。


そして学校に着いた二人は、忍び足で校舎へと入り、教室へと入る。


二人はかばんを持ち、忍び足で帰ろうとした瞬間、ドアがすぅーと開いた。


二人がゆっくりと開かれたドアへと視線を向けると、そこには凍り付いた笑顔を浮かべるライアが立っていた。


その後二人が、お尻叩きの刑を喰らったのは言うまでもないだろう。


帰り道、お尻を擦りながら、二人は笑い合った。


あんなに痛いお尻叩きの刑ではあったが、それもいつしか二人の思い出になるだろう。


二人の出会いの場であり、別れの終着点でもある、永遠に続く坂道を下り切った。


あんなに笑い合っていた二人だが、みるみるその笑顔は消えて行く。


そして長い沈黙を経て、お互いがまた会えると信じ、握手を交わした。


その後リアンは、ドニーの背中が見えなくなるまで、涙を流し見送った。


ドニーは泣き顔を見られたくないからか、振り返ることはしなかった。


「ただいま」


酒場に戻ったリアンは、カウンターの中に居るジャンに挨拶をした。


「リアン学校から電話あったぞ…訳は聞かないが、もうだめだぞあんなことしちゃ」


カウンターから出てきたジャンは、リアンの頭を軽く小突いた。


「…うん」


リアンの目に涙が溢れてきた。


「痛かったか!?」


ジャンは慌てた様子でリアンを抱き締める。


「…ドニーが今日で、この街から居なくなっちゃうんだって」


「…そうか」


ゴツゴツしながらも、温かみのある優しい手が、リアンの頭を撫でる。


『こんな時フェルドだったら、なんて言うんだろうな』


ジャンはリアンの頭を撫でながら、そう思った。


フェルドは絵描きだけでは食べてはいけずに、パン屋で働いていた。


しかしソフィアが死んでからは、まだ赤ん坊のリアンの面倒を見ながら、パン屋で働く事は、大変だったのだ。


そんなある日、行きつけの酒場のマスターのエルラという老人に、店を継いでくれないかと言われた。


酒場は夕方からの営業だ。


それまでの間は、リアンの世話や、家の仕事が出来るだろう。


フェルドが快諾すると、エルラはフェルドの支払うという申し出を断り、無償で酒場を譲り渡した。


そして店を譲ってすぐに、安心したのか、眠るように逝ってしまった。


リアンの面倒を見ながらの生活は、朝早いパン屋の仕事よりは楽だった。


しかし、何かとやはりきつい部分もあるのは確かだ。


そんなフェルドを見て、親友のジャンは、「給料はいらないから飯だけ喰わせてくれ」と言って、酒場を手伝うようになった。


フェルドは給料を払うと言ったが、ジャンは頑なに受け取らなかったのだ。


こうして、フェルドとジャンとリアンの三人生活が始まった。


そしてそれから七年経ったある日、フェルドは山に絵を描きに行った帰り道、崖から落ちてあの世へと旅立ってしまった。


リアンの母親のソフィアには、身寄りが誰もいない。


フェルドの身寄りも、語りたがらなかった為、ジャンは知らなかった。


そしてジャンは、親友の子供であるリアンを引き取り、フェルドが残したこの酒場で、リアンと二人きりの生活を始めることとなったのだ。


「…リアン、今日は店手伝わなくていいぞ」


ジャンは、優しげな笑顔を浮かべている。


「…手伝うよ…何かやってたいんだ」


リアンは首を横に振った。


「…そうか」


「…うん」


その後、語らうように話していた二人は、それぞれの仕事に取り掛かった。


ジャンは二階へと行き、夕食の支度を始める。


リアンはいつも通り、店の掃除を始めた。


店の掃除を終えたリアンは、いつものように、開店を知らせる『子犬のワルツ』を弾き始める。


夕食の準備を終え、店でグラスを磨いていたジャンは、いつもの子犬のワルツとは違うような、違和感を感じた。


それは次第に確信へと変わり始める。


今日の子犬のワルツは、いつもより、悲しみを含んでいる。


普段聴いていても、涙が出るような曲ではないが、今日の子犬のワルツには、心打たれるものがあった。


ジャンが指先で滲み出た涙を拭いていると、常連客が入ってきた。


それを皮切りに、いつもの面子が次々にいつもの席へと腰掛ける。


子犬のワルツを弾き終えたリアンは、客達の拍手に頭を下げると、注文を聞く為に走り回った。


「…リアンなんか弾いてくれよ」


常連客の一人が、ビール片手に言った。


客にビールを届け終わったリアンは、ピアノの前に座ると、昔フェルドから教わった、『別れ、旅立ち』という曲を奏で始めた。


これはフェルドが作曲したもので、リアンにとって大切な曲である。

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