寂れた商店街④

「…ママってドニーの花屋で働いてたんだよね」


リアンは食事の手を休め聞いた。


「…ほうだぞ」


ジャンはパンを頬張りながら、頷く。


「それからどうしたの?」


「それから?フェルドは花屋で働くソフィアを一目見て、恋に落ちたんだ」


「…へぇ…そうなんだ」


リアンは初めて聞いた両親との出会いを聞けて、嬉しくなった。


「でもな…フェルドがソフィアに初めて声を掛けるまでには三年も掛かったんだぞ」


「…へぇー」


リアンは目をキラキラとさせて、言葉の続きを待った。


「俺とフェルドがもっと早く知り合ってたら、そんなに掛からなかっただろうけどな」


「パパとはこの酒場で知り合ったんだっけ?」


「そうだぞ…懐かしいな」


ジャンとフェルドがこの酒場で知り合ったのは、フェルドがこの街に来てから三年目の月日が流れていた。


その時フェルドはカウンターに座り、溜息をつきながら、一人酒を飲んでいた。


客として来ていたジャンは、そんなフェルドに話し掛け、その時に恋の悩みを聞いたのだ。


そして二人は、その日から親友となった。


「俺はフェルドと会った日に、恋の悩みを聞いた…それで俺は相手にバラの花束をプレゼントすればイチコロだとアドバイスしたんだ」


「…それからどうしたの?」


「フェルドは次の日にバラの花束を買いに行ったんだ…ソフィアの働く花屋まで」


「えっ?」


「そしてフェルドはソフィアから買ったバラの花束を、そのままソフィアにプレゼントしたんだ」


「変なの」


リアンは愛くるしい笑顔を浮かべた。


「変だよな。俺も相手がまさかソフィアだとは思わずにアドバイスしたから、後で聞いてびっくりしたんだ」


「それでそれで」


「その日にフェルドとソフィアは教会に行き、結婚したんだ」


「その日に!?」


「うん、その日にだ!」


そう言った後、ジャンは豪快に笑った。


リアンはフェルドと、写真でしか覚えていないソフィアの顔を想像した。


母親のソフィアは、リアンを産んだ数日後、病気で死んでしまったのだ。


もとから体の弱かったソフィアは、無理をしてリアンを産んだ。


だが誰も、リアンにはその話しをしていない。


お喋りなジャンでさえも、リアンを産んでしまったせいで、ソフィアが死んだなんて言えるはずがない。


「それからの話しはフェルドから聞いてるな」


ジャンはステーキを切りながら言った。


「…うん」


もう二度と会う事が出来ない両親を思い出し、リアンは少し悲しい顔を浮かべる。


その様子に気付いたジャンは話題を変え、リアンを笑わせた。


リアンはあごが外れるんじゃないかという程、大笑いした。


そして時間が経ち、楽しかった今夜の宴も終わりを迎える。


台所でジャンとお喋りしながら食器を洗い終えたリアンは、風呂に入った。


そして程良く熱い浴槽に浸かり、幼き頃に過ごしたフェルドの事を思い出していた。


フェルドはリアンがまだ幼い頃に死んでしまったが故、数多くの思い出はない。


しかし、ジャンから伝え聞いた、フェルドの話しも思い浮かべながらの長風呂となった。


風呂からでたリアンは、ジャンとおやすみの挨拶を交わす。


そして寝室へと向かい、ベッドに横になった。


しかし眠るにはまだ早い。


リアンは、部屋に飾られているフェルドの描いた絵を眺めた。


キャンバスには、猫と戯れる、幼き日のリアンの姿が描かれている。


何百回、何千回と毎日見続けている絵だが、見る度にリアンは、幸せだったあの頃を思い出している。


夢中で絵を見続けていたリアンは、知らぬ内に眠りの世界へと誘われていた。


そして夢の中でソフィアとフェルドに会い、いっぱい語り合った。

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