第6話 復活する想い、実現する夢
俺には夢があった。祖国が、この世界が平和で、みんなが笑顔でいられるような世界。だが、現実を知った俺は、絶望した。
そんな世界は訪れる筈も無く、戦いに明け暮れ、血の雨を浴びた。でも、老若男女全てが、等しく死に直面する戦場で、いつかきっと『平和な世界』が訪れると願った。
しかし、今や祖国に帰れるかも分からない状況。目の前の少女は、真剣な表情でこちらを見つめる。
「俺の今後か...」
「最初は国に帰そうと思っていたの。だけど、異世界でしょ...」
うーん、と悩むローゼ。とにかく、外に放り出されるのだけは御免だ。
「しばらく、王女様の元で働かせていただけないでしょうか?」
「それも考えたのだけど、この国では人間は差別されてるの。私が人間と関わったら...」
「政治的にまずい...ということですね」
「人間国家の同盟国もあるから、方法はあるんだけどね」
まあ、有りがちな人種差別だ。人間ですら、肌の色や宗教で差別し、戦争まで発展するのだ。人間とエルフなど、もっと酷いだろう。
「あと、そんな丁寧に話さなくてもいいわ。疲れるでしょ?」
なんと気さくな王女か。いや、これは話しやすくして、相手の本心を導き出そうという策略か。この歳では見事だ。
「ありがとう。目上の方と話す機会はあまりなくてね」
「私も堅苦しいのが嫌いなの」
お互いに思う。手強い...これは一筋縄ではいけないかもしれない、と。
「じゃあ俺を人間国家に送ってくれ。そしてこのことはなかった事にしよう」
「それはダメね。あなたがスパイかも知れないから」
王女は続けてこう言う。
「でも『それ』を使って、私の手伝いをしてくれるなら、考えはあるわ」
王女が指差したのはベクター。非常に、非常に危険な提案だ。銃はこの世界ではオーバーテクノロジーに他ならない。
「ならば聴こう。『これ』を使って、何をする?」
まあ、武力を行使しろということだろう。
「この国の未来のために...『内戦』を起こします。それに手を貸して欲しいのです」
「承認できないな。結局、私利私欲で権力を欲しているだけだ」
王女の顔が険しくなる。藪蛇とは、まさにこの事だ。
「違います!必要なんです!私だって、こんな事したくない!だけど...兄が王になったら、確実に世界を巻き込む戦争が起こり、この国は滅亡します...」
「何故そう思う」
「兄は...野心が強すぎるんです。我が国の西に位置する『ハインリヒ帝国』への侵攻計画も既にあり、ハインリヒ帝国の『アウグスト1世』も我が国を敵視しています」
「我が国と軍事同盟を結んでいる、最西端の『カストリア共和国』は、ハインリヒ帝国と敵対関係にあります。そして、北にはしたたかな『ノルマーク帝国』...南には崩壊寸前の『ヴィシー』」
「噂では、ハインリヒ帝国が隣国の『オスティア皇国』を併合予定で 、その後ヴィシーに侵攻する予定らしいです。兄はその前に先制攻撃を仕掛けると...」
話が長くなりましたと、王女は謝罪して続ける。
「まだこの世界の情勢はわからないと思いますが、このままでは必ず世界規模の戦争が起こります。だから、力を貸して頂きたいのです」
スケアーは黙って聞いていた。そして、今まで表情を変えなかったが、ニンマリと笑った。白い歯が、一斉に顔を覗く。口元は釣り上がり、目は笑っていない。不敵に、そして高揚したようにも見える表情。
「そこまで考えながら、詰めが甘い。どうしてもっと早く行動しなかった?戦力はどれだけ集めた?情報は?他国への根回しは?勝てる勝算は?」
言葉に詰まるローゼ。少女の目には恐怖が浮かんでいる。人間に見透かされているのが、怖くて仕方ないのだ。
そしてスケアーは、この王女の才能と、まだ甘さが見える少女の部分が、大変気に入った。どこか自分と重なるようで。
「正面からぶつかれば負けます...だから」
「だから、俺が戦えって?都合が良すぎるな。そして目標が小さすぎる」
「やるなら徹底的に。『世界平和』なんてどうだろうか?」
狂ってる。それがローゼの感想だ。だが、どこか共感してしまう自分がいる。もしかしたら、この人間なら。
「世界平和...私の夢...」
「やってみる価値はあるぞ。準備はいるが」
2人とも、こんな壮大な話になるとは思っていなかった。スケアーもローゼも、同じ『人種』なのだ。現実を知っていながら、どこかで理想が叶うはずと信じているのだ。
権力と武力が合わさった時、世界は混沌に包まれる。2人の理想は儚く、脆く、そして美しく。
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