第5話 叶わぬ想い、夢

 私には夢がある。この国が、この世界が平和で、みんなが笑顔でいられるようにすること。だがその夢も、今や一筋の希望しかない。誰にも言わぬ夢は、夢のまま。


 この国は確実に悪い方向へと進んでいる。兄が王になれば私はここに居られない。馬車は進む。ガタガタと音を立て、馬車は進む。


 そんな憂鬱に浸っている間に目的地はもうすぐのようだ。街の郊外へと出たことで人通りは少ない。窓から外を見ていると、目的地『エルツィン魔法診療所』に着く。


「ローゼ様。どうぞ」


 私より大きなシルヴァの手が差し出され、手を取り馬車を降りる。土の地面は硬く、まるで固定化魔法がかかっているかのよう。


 人間は大丈夫かなと一片の不安を抱きつつ、先にリリがノックを3回。すぐに返事が返ってきて、スミスがドアを開ける。


「人間さんは大丈夫?まだ起きてないかしら?」


「先程目覚めたところです」


「あれだけの大怪我なのに随分と回復が早いのね!」


 私が思ったことをリリも思ったようで、私より先に疑問を口に出した。


「とりあえずお見舞いにいきましょう。助けた張本人が顔を合わせなければ、彼も落ち着かないでしょうし」


 正直、会うかは迷った。しかしローゼは善人であった。放っては置けない。もしこれが兄に見つかれば...という危険を承知で、少女ローゼは2階の病室に向かう。


 リリがノックをして先に入り、続いて私が病室に入る。入ると、なにやらコンペットと助けた人間が、椅子に腰掛け、ディープな話をしていた。

 魔法の専門用語が飛び交う病室は、さながら魔法学校の教室。それとも、あの忌まわしき宮廷の勉強部屋か。


 こちらに気づいた人間はコンペットとの話を中断し、私と社交辞令的な挨拶を交わす。

 助けてもらったお礼も丁寧に言われ、人間の割に敵対心がないのが不思議だ。普通は恐怖するか敵対的なのだが...


「王女様ぁ!彼すごいんですよぉ〜!なにせ異世界から来たんですって!僕の知らないこといっぱい知ってるし一体どんな世界から来たのやら!久しぶりに魔力融合の話を熱弁してしまいましたよぉ!魔法の基礎原理なんてみんな聞きたがらないk」


 コンペットのお喋りは虚しく中断される。正直言って病気だと、この場にいる全員が思う。


「コンペットのおっしゃる通りで、私は異世界から参りました」


「そんなことって...あり得る...のね」


 コンペットが言うのだから正しいのだろう。それに彼は魔法も知らないらしく、先程は共通言語について教示してもらっていたらしい。


 『共通言語』は魔法を使う使わない、また種族にかかわらず世界中の人々が『使用せざるを得ない』言語である。

 100年以上前、ある人間の魔法使いが発明した、世界改変型の魔法『共通化魔法』

 細かい説明は今回しないが、共通言語が発生したおかげで、世界から言語の隔たりが無くなったということだ。無論、その時世界は大いに荒れ狂ったが。


「自分の意図しない言語が話せてしまうのは、不思議な感覚でしょ?」


「大変不思議な感覚です。最初は自分でも気づかなかった」


 たわいない雑談。両者が言葉を発しなくなった数秒。その意味は本題に入りたいということだ。

 ここは私から切り出すべきだろう。単刀直入に話す。


「さて、雑談はこれくらいにして、本題に入りましょうか」


 そしてこの話は、私と彼で話すべきだ。


「席を外していただける?」


「ローゼ様!それは流石にダメですよ!」


「危険です。お1人では了承できません」


 リリとアグライアが反対してくる。確かに危険だ。だが、私の責任で、私の指示で、こうなっている。


「席を、外して」


 先程より強い口調で言うと、皆はあっさりと病室から出て行った。こうなると歯止めが効かないことを知っているのだ。そして、ローゼはいつも、自分達の一歩二歩先にいることも知っているのだ。


 皆が退室し、少しの沈黙。コンペットの座っていた椅子を借り、彼の正面に座る。じっと目を見て、話を始める。

 大きく、可愛らしいが、信念が宿るその目を、スケアーも歴戦の軍人の目で、見つめ返す。


「さて、話しましょう。あなたの今後について...」

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