第7話 王宮にて
ローゼ王女と、スケアーが病室から出てきた。ローゼが病室に入って約2時間後のことである。出てきた2人はどこか晴れやかだ。私は何を話したのか知らないけど、重要な話だったのは間違いない。王女専属親衛隊で、アグライアと共にローゼ様に付いてきたけど、今日は少し雰囲気が違うような気がする。
「ローゼ様。随分長かったですね」
「あらリリ、私のことが心配だったの?」
「そそそそんなんじゃありません!」
「相変わらず嘘が下手ね。リリ」
コロコロ笑う姿は実に愛らしい。私はいつもこんな感じで振り回されっぱなしだ。
「コンペットはどこだ。話がしたい」
「先生なら自室です。案内します」
スミスと人間が奥へ行こうとする。
「スケアーさん。お待ちを」
シルヴァが呼び止め、退院祝いですと渡したのは、大型の魔昆虫の丸焼き。通称『ポンポン焼き』。エルフでは老若男女に人気の、ちょっとした高級食だ。
「え...食えるのか、これ」
「美味しいですよ。いらないなら、買ってきた私の胃袋に収めます」
人間は少し悩んだが、覚悟を決めてかじりつく。
「...???!!!」
驚愕の表情を見せたと思ったら、次の瞬間には『ポンポン焼き』は消えていた。
「美味い...!美味すぎる!!」
スケアーは世界中の料理を食べることが1つの趣味だったのだが、この巨大カブトムシは、今まで食べた料理で間違いなく1番美味しい。見た目さえ慣れれば、心地よい歯ごたえと、感じたことのない味が、味覚を喜ばせる。
「美味かった。ありがとう」
「食べるの早くない?結構大きさあったと思うんだけど...」
アグライアが言ったことは、全員が言いたかったとこだ。人間は、軍人は飯が早いんだよと、適当に返してきた。
「では王女様。また会おう」
「ええ、また」
人間はコンペットの所へ、私達は馬車で王宮へと帰還する。
「リリ、王宮に帰ったら、グデリア元帥を私の部屋に呼んできてくれる?」
「え?なんでです?」
「後で話すわ」
『ゲルト・フォン・グデリア』元帥は、アールヴ王国陸軍屈指の英雄。そして、ローゼ王女の頼もしい味方だ。
我が国の北東に位置する、獣人国家『ホルムガルド』との戦争で、危機的状況から国を救った名将。知略に優れ、自らも前線に立つ勇猛果敢な男。既に180歳(人間で約60歳)を超えているが、まだまだ現役。評価はこんな感じだ。
こんな男を呼び出すということは、何か始めようとしているのだろう。好奇心と動揺で、心が揺さぶられる。
そんなリリやアグライアの心情を察したのか、ローゼは話題をガラリと変える。馬車の中は、先程までとは違う和やかな雰囲気となった。年頃の女の子らしい会話。何処の誰がカッコイイだとか、今年はこんな服が流行ってるだとか。
そんなこんなで、話しているうちに王宮へ到着。私は、急いでグデリア元帥を呼びに行く。
「えっと...確かこっちのはず!」
王宮を駆ける小さい人影。時折、人とぶつかりそうになるも、無事にグデリア元帥の部屋へたどり着く。
部屋を警備する衛兵に事情を説明すると、グデリア元帥が出てくる。
「ローゼ様がお呼びですと?それは急がねば」
「お忙しいところ、申し訳御座いません!」
「君が謝る事じゃないよ。ワシは国王陛下に、ローゼ様を任されているんじゃ。いつだって飛んで行くぞ!」
立派は金色の口髭を揺らして笑う姿は、笑っていてもどこか風格がある。本当に英雄なんだと、再認識した。
ローゼ様の部屋まで案内し、グデリア元帥が部屋に入ったところで、緊張が一気に解ける。
「ふぅ...なんか調子が狂うわね」
「リリ、あなたも大変ね」
アグライアの少しおちょくる様な言い方が、私をいつも通りに戻してくれる。
「あんたの減らず口が無ければ、もう少し負担も減るんだけど」
悪態の応酬を中断したのはローゼ様だ。
「ちょっと2人も部屋に入って」
「は、はい!」
「了解です」
やっと一息ついていたところだったのに、とんでもなく重苦しい空気に部屋へ入れられてしまった。
ローゼ様の入れてくれた紅茶が、手元に置かれる。緊張のあまり、熱々の紅茶を口に運んでしまい、舌を火傷する。
「そんなに緊張しなくてもいいよ。肩の力を抜いて、リラックスしなさい」
グデリア元帥の心優しい言葉だが、それでもまだ緊張感が抜けない。アグライアはもう慣れたのか、表情が柔らかくなっている。そういうところは本当に尊敬するわ...
「あなた達にも関係あるから、聞いておいて」
ローゼ様の目は、しっかりと私達を捉える。そして話は本題へと突入する。
「グデリア元帥。前に話した事を、実行に移そうと思います」
「ああ、遂に...内戦ですか...」
グデリア元帥の表情は悲しげだが、直ぐに現実的な話に入る。
「ですが、今のままでは勝つ見込みが少ない。陸軍の1/3は確実にこちら側じゃが、それでは戦力が足りん。空軍もまだ小規模じゃが無視できんしな」
「何より、国王直属部隊『中央魔法騎士団』の実権を握られているのがつらいのぉ。アレはワシのとこの『グデリア魔法騎士団』でも敵わん...」
「それに対しての対抗策があります。実は...」
ローゼ様は、あの異世界から来たという人間についての情報、出会った経緯や『銃』について事細かく話した。そして『銃』は、ワイバーンをも容易く葬る兵器である事を強調した。
「それは魔法ではないのか?!火薬と鉛だけでそんな威力が...!」
「ええ...彼曰く」
私もアグライアも、それは初めて聞いた。一流の騎士やハンター、魔法使いならともかく、魔法を使わずに人間がワイバーンを相手にするのは無茶だ。一流ハンターでも、複数人のチームで狩猟するのだ。人間など虫ケラ同然のはずが、『銃』はそれを覆した。
人間が言うには、『銃』の本質は対人戦闘らしい。弓や剣が届かない距離から、一方的に攻撃できるという。
「その他にも、我々の知らない知識を多く持っています。一方、彼は魔法の知識は一切保有していません」
「魔法の存在しない世界とは...不思議ですな」
「全くです。どうやって生活しているのか、想像もつきません」
暫しの沈黙。それは場の空気をさらに重い物とした。ローゼ様が覚悟を決めて口を開く。
「今の親衛隊を拡大して、『特殊部隊』を設立。その指揮官に人間の『スケアー』を置き、中央魔法騎士団へのカウンター。ならびに暗殺や拉致、後方撹乱を行う部隊にしようと思います」
「危険過ぎる...と言いたいところじゃが...」
グデリア元帥は言葉に詰まる。内戦ですら大きな選択なのに、その作戦の要を人間に任せようと言うのだ。
「ワシが何を言っても、覚悟を決めておられるのですな...」
「覚悟は、正直まだ...ですが、私を信じてください。彼は信用に足る人物です」
グデリアは、ローゼが赤ん坊の時から知っている。幼い時から優しく、虫も殺せない子だ。そんな子が、覚悟を決めて言うのだ。とてもグデリアは反論する気になれなかった。
多くの同胞が死ぬだろう。昨日まで隣にいた友人と、殺し合わなければならないかもしれない。勿論、ローゼも承知の上だ。兄妹で血を血で洗う争いになるだろう。
「じゃが、1つだけ容認できんことがある。人間の指揮官など、誰もついてこんということじゃ。ワシやローゼ様は気にしとらんが、この国で人間は軽蔑されとる」
「それは今、解決中ですよ」
ノックの音。続けて、外からシルヴァの声がする。
「失礼します。スケアーさんが到着しました」
ローゼ様が入る様に促す。入ってくるのは人間のはずだった。私の見間違いでなければ、入ってきたのはエルフだった。長い耳が何よりの証拠。
「え...?その耳、なんで?」
思わず口に出た言葉。顔はそのまま、耳だけが変わった。人間だったエルフなのか...エルフが人間に化けてたのか...私にはわからない。
やあ!という声とともに、スケアーの後ろから現れたのはコンペットだ。ああ、この人ならやりかねない。グデリア元帥も、アグライアも、コンペットを見て納得した。
「また君かね...コンペット君...」
「またってなんですかぁ?身に覚えがないですよぉ!」
グデリア元帥の大きな溜息が、部屋に響く。スミスが店番でいない為、コンペットの話を数十分間、聞く羽目になった。
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