第3話 アールヴ王国 前編

 今度はベットの上で目を覚ました。どうやら地獄ではないらしい。ベットがある地獄なら厄介だが...


 身体を起こし、周りを確認すると、見た目高校生くらいの大人っぽい銀髪の少女と目が合う。少女は少し驚いた表情を見せたが、直ぐに落ち着きを取り戻してこちらに寄って来た。

 左の机にご丁寧に置かれているUSP45のマガジン、セフティがそのままなのを視界の端に入れながら、慎重に、警戒する。


「あら、意外と早く目を覚ましたわね。」


 見た限り武装はしておらず、普通に話しかけて来たことから、敵意はないように思える。とりあえず怪しまれないように通常の会話、そして情報の入手が先決だ。


「すまないが君、ここはどこだろうか」


「ここはアールヴ王国のお医者さんのとこよ。まあ、闇医者みたいな人だけど...」


「闇医者だなんてぇ!酷いじゃないかぁ!」


 悪口が聴こえたらしい。ドタドタという足音の後、メガネをかけた痩せ型の中年の男が、グシャグシャの茶髪を掻き毟りながら入ってきた。なるほど、白衣も変に似合ってる。闇医者というよりマッドサイエンティストという感じの男だ。こんな奴に治療されたのか...思わず全身に異常がないか確認してしまった。


「ああ、君起きたんだねぇ!いやぁあれだけの怪我で生きてるなんて奇跡だよぉ〜僕の治療が良かったかなぁ!早く起きないか待ち遠しかったんだ!回復力は普通の人間とは思えないくらい高いよねぇ!なんでなんだい?!やっぱりトレーニングの仕方とかかなぁ?食べ物かなぁ?見たところ軍人みたいだし魔法?僕もそういう魔法を開発してるんだけどうまくいかないんだよなにせ魔力の消費が大きすぎて回復する前に魔力が尽きちゃうんだ!だから魔力を重ね合わせて大量の、痛ッ!!!!」


 気持ち悪い自己紹介を中断したのは、落ち着いた雰囲気の助手らしき赤毛の女性。無警戒だったマッドはボディーブローをもろにくらい、グフッっという声を上げて片膝をつく。


「先生。まずは自己紹介と患者の容態を見るのが先だといつも言っていますよね?だから患者に逃げられるんです。正直キモいです」


「手厳しいな...イテテ...」


 スケアーはここで容姿の特徴に気づく。この者たちは全員耳が長い。特殊メイクな訳はないだろう...この種族はファンタジー小説やゲームでは有名な『エルフ』であることを確信する。まずは助けてもらったお礼を述べ、確認するとしよう。


「すまないんだが、君達はエルフ?かな?」


「そうよ。私達はエルフだけど、なんでそんな質問するの?偽装魔法なんて掛けてないわよ?」


「癖でね。軍人は疑り深いんだよ。」


 ここはあえて軍人であることは隠さない。マッドが予想を的中させてしまったからだ。よくわからない世界で嘘をつくとボロが出るだろう。それなら正直に言ってしまった方が良い。話せることは...な。


 先程から気になるのは『魔法』だ。自分が知る限りでは、元の世界になかったものだ。おそらく治療も魔法によって行われたのだろう。傷跡もなく完治している。知らない技術が一般的になっている世界...迷いはあったが危険はないと判断し、別世界の人間であることを伝えることに決めた。


「私はおそらく別の世界から来たみたいだ。君達のようなエルフは私の世界には存在しなかった」


 案の定可哀想な目で見られた。頭がおかしくなったと思われてしまう前に証拠を見せよう。USP45を手に取り、これが見たことあるかと質問する。


「変わった形の杖よね。」


 銀髪の少女はこれを杖と思っているらしい。どう見たら杖に見えるのか不思議で仕方ないが、よく考えれば当たり前だ。彼女にとって銃は初めて目にするのだ。


「これは鉛玉を火薬によって高速で打ち出す武器、銃だ」


 銃について概要を述べると、真っ先に喰いついてきたのはやはりマッドだ。マガジンを抜き、スライドを開けて薬室に残った弾薬を取り出す。撃てない状態にしてから、マッドにUSP45を渡すとまじまじと眺める。


「なるほど...これはこれは...確かに僕らの技術では作り得ないものだねぇ。ドワーフなら作れるかもしれないけど、彼らはこういう小さな武器は好まないからね。確実に僕らの世界の武器じゃないだろう!ああ!何という幸運!」


 興奮しているマッドはまたしてもボディーに鉄拳をくらっている。少しは学べ。


 とは言え、これで自分が別世界の人間であることはほぼ証明できた。銀髪の少女もUSP45、そしてベクターを見せると納得した。


「はぁ...色々ありすぎて私が頭おかしくなっちゃいそう...」


 溜息をつき、天を仰ぐ少女。相当疲れているらしい。


 お疲れのところを悪いが、名前を聞いてなかった。コミュニケーションをとるに当たって重要だ。混乱しかけている銀髪少女から聞こうか。


「私はスケアーという。貴女の名前を聞かせてもらっても?」


ふわっと銀髪をかきあげて、コホンと咳払いして少女は名乗る。


「アグライア・メイディーア。アグライアと呼んで」


 少女アグライアは自信ありげに豊満な胸を張る。見た目の年齢に比べて発育のいい彼女は、さぞかしモテるだろうなと一瞬、不純な考えをしてしまった。


 続けてマッドがそそくさとでてくる。


「僕はコンペット・エルツィン。見ての通り医者をやってるんだ。そしてこっちが」


「スミス・フィレンチェです。スミスとお呼びください」


 コンペットが言う前に自分で言ったスミスという女性は、このマッドの使い方を心得ているようだ。オレンジに近い赤髪をまとめたポニーテールが、お辞儀と同時にフサフサ揺れるのがなんとなく落ち着く。


「俺を助けてくれたあと一人は誰なんだ?お礼を言っておきたい」


「助けたのは私とここにはいない三人ね。治療はドクとスミスよ」


「あとの三人はどこにいったんだ?」


「王女様とリリは王宮に用事。シルヴァは買い物。三人ともその内戻るわ」


 王女に助けられていたのか...非常に厄介、と最初は思ったが、これはチャンスではなかろうか?しばらくお世話になって、戻る手段を探す。もし戻れなくても生活できる。


 この時はまだ、この世界で様々な任務を遂行することになるとは、誰も、思わなかった。誰も。

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