第2話 老兵は死なず

????年 ??? 昼 快晴


「ここは...どこだ...」


 ヘリが墜落した場所は、周辺地図には無い森林。樹々が生い茂り、鳥のさえずりが心地よい。

 覆いかぶさっている、人間『だった物』を退け、ヘリから這い出る。メインローターから上が吹き飛び、大きくひしゃげた機体が事故の大きさを物語る。


 自分も右腕を骨折し、全身ボロボロだが、何より仲間の安否が重要だ。


「おい!誰か生きてるか?!」


「アマンダ!ベンネット!チャーリー!返事をしろ!」


 森林に自分の低い声だけが、木霊する。

 墜落したヘリの周りは、バラバラの死体から、形の保たれた死体まで様々だが、生きている者は居なかった。『また』全員が死んだ。


「俺は...」


 フラッシュバックする銃撃音。爆発。仲間の声。悲鳴。激しい頭痛と耳鳴りが襲う。

 蘇る記憶を押し殺し、激しくリズムを刻む心臓を抑え、冷静になれと言い聞かせる。状況は刻一刻と進んでいるのだ。


 ふっと一呼吸置き、葉巻を吸うためポケットを漁る。

 冷静を装ってはいるが、葉巻を取り出す左手は震えている。ゆっくりと口に咥え、葉巻に火が灯る。


「こんな時でも、葉巻は美味いもんだ」


 一服し終えたところで、右腕に応急処置を施す。簡易的ではあるがギブスを作成し、腕を固定。SEALs時代から使い続けている『USP45』を、太腿のホルスターごと左に付け替える。利き手は使えんからな。


「とりあえず、ここに居てもラチがあかん」


 この場を後にするのは大変心苦しいが、状況は最悪なのだ。弾薬は充分だが、食料は少ない。通信も先程から繋がらない。救援も来ないだろう。


 地形や気候から、相当遠くに飛ばされていることがわかる。


 スケアーの判断は早い。隊員の1人が装備していた、取り回しの良いSMG『クリスベクター』を拝借。食料、水分、弾薬を集め、手早く荷物をまとめる。30分も立たない内に準備は完了。まずは周辺を探索して、情報を集めよう。


 天気は快晴、上空には鳥が舞っている。楽しい楽しい、地獄のピクニックの始まりだ。


 周辺を探索し始めてすぐ、違和感に気付く。


「この植物も、この樹木も見たことがないな」


「虫も、あの動物も...」


 あまりにも不自然な動植物。夢の世界から出てきたような、ツノの長い鹿や、動くゼリーなどの幻想的な動物も存在した。まるで別の世界のようだ...


 しばらく探索すると、鳥の様な動物の鳴き声と、腐乱臭が漂ってくる。慎重に、足音を消して近づいて行く。ベクターにマガジンを差し込み、折れている右腕で挟んで、コッキングレバーを引く。


 腐乱臭の発生元は、作戦目標であったSEALsチーム6の隊員達だった。自分達と同じようにヘリが墜落したのだろう。木々がブレードによって引き裂かれ、鉄屑と肉片が散乱する中に、大きな鳥が2羽。いや、鳥とは言えない。


 前肢が変形した、恐竜のような大きな翼。鋭く生え揃った牙。5〜6mほどの巨体は濁った緑色で、翼についた鋭い爪や、蛇のような眼球は、あまりにも現実からかけ離れた容姿をしていた。


「恐竜...いや、ドラゴン?」


 神話やフィクションの世界に来たのか?頰をつねってみるが、普通に痛かった。現実にこんな生物が存在しているのかと、驚愕に襲われる。


 昔、紋章を研究している学者に長々と説明された事を思い出した。あれはドラゴンではなく、『ワイバーン』だ。元は同一存在だったとか言っていたが、そんなことはどうでも良い。今、目の前に脅威として存在しているのだ。


 元の世界では、あのような生物は存在しない。考えられるのは、ここが別の世界。『異世界』であるということ。


「なんて事だ...これでは救援も、頼れる場所も、何も無い」


 ワイバーンに見つからないように、そろりそろりと後ずさる。が、こちらを向いていた1羽と目が合う。しばらくの沈黙。蛇に睨まれた蛙が如く、身を動かさない。


 しかし、スケアーの努力も虚しく、ワイバーンはけたたましい声を上げて飛び上がり、こちらに向かってくる。同時にスケアーもベクターのセフティを解除。左手で脇に挟んで、引き金を引く。火薬の炸裂で、驚異的エネルギーを得た銃弾は、大気を切り裂き、ワイバーンの鱗と肉を貫通し、内臓に到達。胴体に多数の穴を作る。銃撃を受けた1羽は、地面にのたうちまわっている。


「次...!」


 素早く目標を切り替え、もう1羽に照準を向ける。ワイバーンは素早く、もう1〜2mまで迫る。再び引かれた引き金が、撃針を作動させ、火薬を発火させる。放たれた銃弾は、視認できない速度で飛翔。もう1羽の右半身と翼に命中した。が、装弾数25発しか無いベクターでは、仕留めきれなかった。10発ほど命中したが、そこで弾切れ。ベクターを放り投げて、USP45に手をかけた時、ワイバーンの強靭な後脚が、猛烈な速度で襲いかかる。


 腹部を蹴られ、地面を跳ねながら、後方にあった木にぶつかるまで吹き飛ばされる。


「鳥...野郎...」


 辛うじて意識はあるものの、内臓から口へと血が上り、赤い液体が溢れ出る。


 ワイバーンも、あれが振り絞った最後の一撃だったようで、地面にうずくまっている。


 朦朧とする意識の中、USP45を拾い、ベクターを拾い、歩き出す。


「終われない...」


 ただ、それだけ。終われない。


「こんなとこで...」


 仲間の命も、部下達の命も背負っている。


「道...?」

 

 出たのは明らかに人が整備した道。向こうから、音が聞こえる。ガタガタという車輪の音と、馬の走る音。もう前が見えない。音だけが頼りだ。


「助け...」


 道路のど真ん中で、力尽きる。


「大丈夫?!大...?!ち....アグ...来..」


 音も絶え絶えになり、意識が遠くなる。誰かが人を呼び、4人ほどの声が聞こえる。


 意識は消え。ただ、眠りに着く。死ぬのは怖くない。だが、死ねない。こんな場所では。


 こんな『異世界』では。

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