22 言えない悩み


「襲われたのは何人だ?容体は?」


 ユースより一足早く我に返ったアーセルが冷静に問いかける。

 ユースは緊張した面持ちでヒースの言葉を待った。


 ヒースは二人から視線を逸らすように俯くと「襲われたのは3人だ」と呟くように告げた。


「最近見回りを二人体制から3人体制に変えたんだ。でも、また襲われてしまった。一人は重傷だけど意識はある。その人が異常を知らせに来て今回の事が発覚した。残りの二人は……瀕死の重体だよ。いつ命が途切れてもおかしくはない」

「っ!」


 ぎゅっと心臓が縮まる感覚。

 ユースが視線をせわしなくさ迷わせる横で、アーセルが犯人について訊ねている。


「その怪我の状態だと、とても犯人については聞き出せる状況じゃなさそうだな」

「ああ。民間の目撃者もない。襲う場所は毎回かなり計算されているようだ」

「だけど、警備体制が見直されて、街の警備も強化されてたんだろ?なのにその警備を良くかいくぐってターゲットを狙ったな」

「そうなんだよね。それは結構隊長たちの間でも議題に上がってる。どこからか情報が漏れたのか、僅か数日でこちらの変更内容を把握したか……」

「今までの犯行内容を見ると、襲っている奴は必ず正面から切り付けている。それも手あたり次第って感じだ。犯人は単純に犯行を楽しんでいる節もある。頭が良いゆえの犯行なのか、それとも――」

「もうひとり、もしくは複数の協力者がいる。犯行の状況、襲われた団員たちの状況を見るに、犯行は一人と断定していいと思う。恐らく犯行を手助けしている者がいる可能性は高い」


 キースの言葉にユースは眉を寄せた。


(さすがアーセルたちだ。状況証拠だけで、確実に真実に近づいている)


 このまま彼らが調査を続ければ思ったよりも早くクロスにたどり着くだろう。

 それともクロスが事件を起こすのが先か……。


(それにしてもクロスはどうしてさっさと騎士団本部を襲わないんだ。俺の怪我もほぼ完治しているし、俺がもう妨害しないと思っているのか?それとも――)


「ユースはどう思う?」

「え?」


 急にキースに声をかけられて、いつの間にか飛ばしていた意識が戻ってくる。

 しかし急に引き戻されたせいで、一瞬何を問われているのか理解できなかった。

 急速に思考を巡らせ、上の空で聞いていた彼らの話を脳内で再生する。


「えっと……、犯人像についてだったよな。俺も、単独犯って可能性は低いと思う。逃走姿の目撃もないし、誰かがピックアップしてるかもしれない。それより気になるのはさっきキースが話していたことだ」

「俺が話していたこと?どの部分?」

「どこからか情報が漏れたのか、僅か数日でこちらの変更内容を把握したかってとこ。もしその情報が直接騎士団から漏れているとしたら大問題だ。味方の中に敵がいるってことになる」


 その言葉にキースは苦笑し、アーセルは大きくため息を吐いた。


「お前なぁ……。わかってるんだったらもう少し声抑えて言えよ。それこそ誰が聞いてるかわからねえんだぞ」

「これくらい聞かれても問題ないだろ。今はまだ、な」

「まあ、そうだね。その可能性は誰もが考えている事だから。だけどこれ以上の情報を発言する時は注意が必要だ。特に敵に知られたくない情報はね」


 キースの言葉に頷いて同意を示すユース。それから「確認したいんだけど」と先程よりは声のトーンを落として言葉を発する。


「二人は、間違いなくこちら側ってことでいいんだよね」

「当たり前だろ」

「もちろん。まあそれを証明する手段はないけど。ここは信頼してもらうしかない」

「わかった。じゃあこれからは3人で情報を共有しよう。決してそれ以外の情報だけを信じて動かないこと」

「そうだな。嫌だが、味方に敵が紛れ込んでる可能性がある以上、味方内の情報もむやみに信用できねえからな」

「そうだね」

「じゃあこれからは密に連絡を取り合うってことで」

「りょーかい。おっと、解散前に確認だが、ユース。お前も俺立ち側ってことで間違いなねえな?」

「え……」


 ドキリと大きく心臓が脈打った。

 じわりと嫌な汗が掌を濡らしていく。


(まさかアーセル、気づいているのか……いや、大丈夫。これはただの冗談だ。でも……)


 その問いに対する答えはまだ自分の中にない。

 思わず言葉に詰まると、キースが「ははっ」と笑い声を上げた。


「おいおい、アーセル。ユースはいわば最初の被害者だぞ。あんなに重症負わされた奴があっち側なわけないだろ」

「冗談だよ。でもお前を襲ったやつと今回の犯人は別人だろ。やり方が違いすぎる。最近騎士団は市民から恨み買うようなことしたのかよ」

「さあね。個人的な恨みってのは露呈しにくいから。さて、俺はそろそろ行くよ。また新しい情報を得たら連絡する」

「わかった。気をつけて」


 二人がそんな会話をしてキースが去っていく間も、ユースは軽い頭痛が止まらなかった。


(二人を本当の意味で裏切っているのは、自分なんじゃないか)


 騎士団の重要機密を流す裏切り者より、まだ家族か友人かを選べていない自分の方がよほど罪深く感じる。


(早く、決めないと)


 このままではどちらも選べず、どちらも失うことになりかねない。

 今回のような被害者に、いつアーセルたちがなるとも限らないのだ。


(だけど、俺は……)


「くそっ!」

「わっ、びっくりした……。なんだよ、急に」

「ごめん、気が立ってつい……」


 そんな言葉で誤魔化したが、アーセルは様子の違うユースの事をどこか訝しんでいる様子だ。

 彼にしては珍しく探るように目を細めている。


「お前さ、襲われてからぼーっとしてること増えたよな。なんかずっと考えてるみたいだし、悩みがあるなら言えよ?」

「お前がそんなこと言うなんて珍しいな。明日は雨か」

「話題を逸らすな。俺は真面目に言ってんだぞ」


 言葉の通り、真剣な目をしたアーセルがまっすぐにユースをその瞳に映す。

 濁りのない瞳に見つめれ、ユースは少し泣きそうになった。


(この悩みを打ち明けられたら、どれだけ楽だろう。でもきっと、この悩み自体がお前たちへの裏切りなんだよな)


 ズキズキと痛む頭。

 痛みを逃がすようにふーっと大きく息を吐き出すと、ユースは軽くアーセルの肩を叩いて歩き出す。


「心配かけてたならごめん。でも、大丈夫だ。俺はエースだからな」


 そんなユースに遅れること数秒。

 すぐに隣に並んで歩き出したアーセルは呆れたようにため息をつきながら、小さくつぶやいた。


「ったく、素直じゃねえーやつ」


 その言葉はしっかりとユースの耳にも届いていたのだが、あえて聞こえないふりをして無言のまま歩き続けた。

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