21 自主練
「はぁああっ!」
「おっと!」
ユースとアーセルの模擬剣が激しくぶつかり合う。
本日は二人そろって日勤だったため、勤務を終え、ユースの誘いで騎士団本部にある屋内訓練場に来ていた。
サッカーコート二つ分ほどの広さを持つドーム状の訓練場内には、そこかしこで体術や剣術の訓練をしている隊員の姿がある。
皆それぞれ自主練として来ているので、それほど激しい打ち合いや組み合いはしていないのだが、ユースとアーセルだけは違う。
訓練とは思えない激しい打ち合いを、もう10分以上続けている。
模擬剣とは言え、重さは本物と同じ。打ち下ろすのも、打ち下ろされた模擬剣を受け止めるのも、本物の剣と同じように腕に負担がかかる。
しかし息を乱すことなく打ち合い続ける二人に、周りはいつしか動きを止め、二人の打ち合いに集中し始めていた。
しかしユースたちはそんな周りの視線など気にせず、本気の打ち合いを続けている。
「はああっ!」
受け流された反動を利用し、返す剣でアーセルに切りかかる。
しかしアーセルは研ぎ澄まされた反射神経でそれに反応し、模擬剣を受け止めた。
ガキンッと打ち鳴らされる互いの模擬剣。
すぐに互いの模擬剣は離れ、今度はアーセルがユースの急所を攻める。
二人にとってこれは訓練であり、訓練ではない。
本気で相手を打ち取りにかかっていた。
それを証明するかのように、いつもはふざけ合っている二人の表情は硬く、真剣そのものだ。
(一瞬でも気を抜けば、骨を折られるかもしれないな)
復帰して早々、病院に戻るわけにはいかないユースは打ち合いながらアーセルに隙が生まれる瞬間を待っていた。
しかしアーセルもディベールスのメンバー。
そう簡単にはへばらないし、隙を見せたりもしない。
女性関係にはだらしなく、私生活はとてもディベールスとは思えない男が、ユースとの訓練で見せる本気は侮れない。
復帰早々の打ち合いとはいえ、かなり押され気味であることは自覚していた。
(万全の状態でも五分五分ってところなんだ。やっぱり今の状態じゃ勝つのは厳しいか)
息が上がり始めている。
やはり療養中に失った体力と筋力は多いようだ。
(射撃は問題なかったが、接近戦になると厳しいな。もしもの時はできるだけ遠距離で仕留めなければ勝ち目はない)
そんなことをほとんど無意識に考えて、その対象が誰であるかを推測した時、ユースはスッと背筋が冷える思いがした。
(今、俺は誰のことを考えた――?)
「もらったぜ!」
「っ、しまった!」
ガキィィイイン。
心が乱れた一瞬の隙を逃さず打ち込まれた一撃を咄嗟に受け止めたのは良かったが、ユースの模擬剣は半円を描いて2メートルほど飛ばされてしまった。
それを拾い上げ再戦に持ち込むことも考えたが、視線を下げたその瞬間には、首元に模擬剣を突き付けられていた。
模擬剣から腕、首、顔と順に視線を上げていけば、アーセルがニヤニヤと笑っている。
「完全なるチェックメイトだな」
「はぁ……。負けたよ。降参だ」
形だけ手を上げてけて負けを認めれば、ようやく模擬剣が首から離される。
実際に切れないとはいえ、実物に限りなく近い剣が突き付けられるというのは気分のいいものじゃないなともう一度深い溜息をついた。
「いやー、久しぶりにお前に勝った気がする。めっちゃくちゃ気分がいいな。どうだ、高い鼻を折られた気分は?」
「良くはない。でも、自分でもこうなる可能性は高いと思っていたから、課題を再確認した感じだな。だから落ち込んでもいない」
「なんだよ、その反応。つまんねーの」
「はは、俺は筋力と体力は落ちてるけど、射撃は相変わらずお前に勝ってるしな」
「へーへー、そうですね。事実なのが本当にむかつくな。なんで休んでも射撃の腕は落ちねえんだよ。一度でいいから俺にトップを譲ってくれって」
「お前が女遊びしてる時間を練習に当てれば可能性はあるかもな」
「えー、じゃあトップになれなくてもいい」
「おい」
「だって銃と遊ぶより、女の子と遊ぶ方が楽しいじゃん。……でもまあ、最近物騒みたいだし、ちょっとは真面目にやらないといけないか、やっぱり」
物騒という言葉が、最近騎士団を狙った事件が多発していることを差していることはすぐにわかり、ユースは自然と床に視線を落としてしまう。
今のところ死者は出ていないが、いつ犠牲者が出るかわからない。
早く、クロスに接触し、計画をやめてもらうようにもう一度説得しなければ。
(万が一できない時は……)
その時が来なければいいと願いながらユースはぎゅっと拳を握りしめた。
「……さて、さすがに汗かいたし、シャワールーム行こうぜ」
「ああ、そうだな。すっきりしてから食堂に行こう」
「だな」
ユースが落ちた模擬剣を回収し、二人で模擬剣を所定の場所に戻した後、肩を並べて屋内訓練場を後にする。
屋内訓練場からシャワールームに繋がる廊下に差し掛かった時、前方から慌ただしく見知った青年が走ってきた。
「あ!ここにいた!」
そう言って二人の前で足を止めたのは騎士団の伝令部隊に所属し、主にディベールスと本部のやり取りを担当しているヒース・ランベルだった。
アーセルより一つ上の25歳で、歳が近いこともあり、仕事以外の話をすることもある、比較的仲のいい仲間だ。
「どうしたんだ、そんなに慌てて」
「そりゃ慌てるよ!また団員が襲われたんだ!しかもこんな白昼堂々!」
「え――」
本部を包む喧騒が、一瞬ユースの耳から消え去った。
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