18 失ったものと手に入れたもの
そこかしこで活気のある商売人の声が上がり、そこかしこで女性たちの井戸端会議が繰り広げられ、そこかしこで走り回る子供たちが楽しそうな声を上げている。
そんな大通りをユースはゆっくりとした足取りで進んでいた。
右を見ても左を見ても飲食店や服屋、雑貨屋と様々な店が軒を連ね、賑わいを見せている。
いつもならせっかく休みを言い渡されたのだからと日用品を買い込んだり、お気に入りの喫茶店でのんびりお茶をしたりするのだが、今日はどこを見ても気分が晴れない。
足もなんだか重く感じる。
「はぁ……」
自然とあふれ出るため息も何回目だろうか。
辛気臭いのはユース自身も自覚していたが、気を緩めるとすぐにため息が口からこぼれてしまうのだ。
理由は、わかっている。
目を閉じなくても思い出すことができるあの光景。
思い出したくなくても思い出してしまう、あの日の記憶。
まっすぐに銃を向けるクロスの姿。
迷いなく引かれる、引き金。
飛び出す弾丸。
そして――。
『俺はもうお前の知っている俺ではない。簡単に罪のない人を撃ち殺せる。目的のためならなんでもできる。そんな人間になったんだ』
「――っ」
脳裏の言葉だけで、今も息が詰まるような衝撃が身体を襲う。
ユースは無意識にあの時撃たれた脇腹をさすっていた。
もうほとんど完治して痛みもないはずなのに、ジクジクと痛み出している気がする。
痛みをやり過ごして、またため息。
「はぁ……」
(このままじゃ駄目なことはわかってるけど……)
抜け出すには選ばなければいけない。
騎士団を去るか、騎士団に残るか。
過去か、未来か。
家族か、仲間か。
けれどユースにとってはどちらも大切なものだ。
だけどどちらかひとつしか選べないとクロスは言った。
それがずっとユースを苦しめている。
「……どっちも選べたらいいのに」
そんな方法がどこかにあれば、どんなことだってするだろう。
差し出せるものがあれば何でも差し出すだろう。
でも、そんな方法などどこにもないのだ。
(せめてもう一度、クロスと話ができれば……)
そう考えて思わず足が止まった。
(話をしたところで、クロスにわかってもらえるんだろうか)
計画を止めるように訴えても、クロスは迷いなく銃口を向けてきた。
自身にクロスを止めるだけの力があれば話はもっと簡単だったかもしれないが、結果は完敗。
どちらも選ぶには今のユースでは圧倒的に力不足なのだ。
話し合いで解決できる可能性も、先日の一件から考えるとかなり低い。
「あーあ。俺の10年間て何だったんだろう」
家族を殺した犯人を見つけたくて、爵位を継ぎながらも騎士として一心不乱に国に尽くしてきた。
こうすればきっと家族もクロスも喜んでくれるだろうと思ったからだ。
しかし実際は……。
ではどうすればよかったのだろうか。
クロスの言う通り家の仕事だけをして、家を守っていればよかったのだろうか。
(でも……)
同時に思い出すのは騎士養成学校の思い出。
アーセルと切磋琢磨し、ようやく騎士団に入団したあの日の思い出。
それからディベールスに選ばれた時の喜び。
(俺はすべてを失ったけれど、代わりに手に入れられたものがある)
次々と頭の中に浮かんでくるたくさんの仲間。
家族のように大切にしてくれる人達。
(俺は、騎士になったことを後悔したくない)
たとえかなわなくとも、騎士としてクロスを止めたい。
そんな思いが湧き上がってきた、その時。
甲高い悲鳴が大通りに響き渡った。
「きゃあああっ!」
「なんだ!?」
非番だという事をすっかり忘れて、ユースは反射的に悲鳴が聞こえた方向へ走り出していた。
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