17 失われた価値


 空は青く澄み渡り、その中を二羽の鳥が飛んで行く。

 その姿を見えなくなるまで目で追い、空を遮るものがなくなったところで、ユースの口から重く長い溜息が吐き出された。

「はあぁ……」

「なにじじくさいため息ついてるの。しゃきっと背筋を伸ばす」

「あ」


 無事に傷もふさがり、退院したユースだったが未だ自宅療養、といっても寮なのだが、とにかくまだ訓練や任務に参加できる身体ではないので日がな一日、部屋で本を読むという非常に暇な生活を送っていた。


 しかし、やっていることは病院にいた時と変わらないので3日もしないうちに飽きてしまい、最近は中庭に出てぼーっと遠くで行われている訓練を眺めるのが日課になっていた。


 そして今日も中庭の、最早定位置となっている大きな木の脇に設置されている木製のベンチの背にだらりと身体を預けていたところ、唐突に背後から声をかけられたのだ。


 声で誰かはわかっていたのだが、今は立ち上がることもおっくうだ。

 怒られることを覚悟でユースは顔だけで背後を振り向いた。

 そこにいたのはやはり、ディベールスの白い制服とは対照的な艶のある黒髪を胸の辺りまで伸ばし、それを右肩の辺りで緩く縛って前に流している男、ルモア・シュナイザーだった。

その手にはいつも通り繊細な細工が施された鉄扇が握られている。

その鉄扇をもう一方の掌にパンパンと打ち付けながら、形のいい眉を寄せている。


「まったく、その姿を見たらとてもディベールスのメンバーとは思えないな。まだ動ける身ではないのはわかるけど、せめてもっと騎士としての自覚をもった行動を取るように」

「そんな事言っても隊長。戦えない騎士に騎士としての価値なんてあります?訓練もできないし。そんな状態のやつが騎士らしくしたって……」

「……これは相当参ってるみたいだね」


 苦笑ぎみのシュナイザーの声も、どこか遠くを通り抜けているように聞こえる。

 入院生活が長かったせいで、耳の機能も衰えてしまったのだろうか。

 これではいよいよ復帰が厳しい気がする。

 知らず知らずのうちにため息が零れ落ちていた。


「ため息つかない。訓練はできないけど、もう動ける身ではあるんだから街にでも出てきたらどうだい?」

「街ですかあ?でも街に出たってやることないし」

「まったく……別人のように無気力になって。そういうのはどちらかというとアーセルの担当じゃないかな。とにかくブラブラするだけでも気分転換になるかもしれないから、街に行きなよ。はいこれ隊長命令ね」

「あ、ズルい」

「ズルくない。体力を戻すのに歩くのは良い事でしょうが。わかったら早く行く!」

 

ぐっと肩を持たれて、半ば無理やり立ち上がらされる。

 細身でもさすがディベールスの隊長だ。

 感心しながらユースは引かれるまま立ち上がると「はいはい、わかりました」と投げやりに言い放ち、中庭を後にした。

 その背後で聞こえた深いため息は聞こえなかったふりをして。

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