16 同期

「はぁ……」

「あらら。辛気臭いため息ついちゃって」


ノックもなく、ガラッとわざとらしい音を立ててアーセルが入室してきた。


「どうもー。元気してる?」


 何がそんなに楽しいのか、恐らくユースがこうして入院しているという事実にだろうが、アーセルはニコニコと笑いながらベット脇まで歩み寄ってくる。


「いやー。今度は銃刀法違反の犯人と遭遇して撃たれたって?災難だったなぁ。かわいそうにー」

「絶対そんなこと思ってないだろ」

「まさか、心から同情してるよ。ほら、だからちゃんと綺麗な花束持ってきてやっただろ?」


 確かにアーセルは黄色やピンクといった色とりどりの花が入れ込まれた綺麗な花束を持っている。

 

「そんなのわざわざ持ってきてどこぞの女に勘違いされても知らないぞ」

「ご心配なく。ちゃんと根回しはしてあるからな。ここの花瓶勝手に借りるぞ」

「どーぞ」


 男の見舞いに花束を持ってくるセンスはどうかと思ったが、色のない部屋に鮮やかな色が加わると、それだけで心が癒されるような気がした。


 花瓶に花を生け終えたアーセルが「で、大丈夫なわけ?」と問いかけながらベットサイドに置かれていた木の丸椅子に腰を下ろす。


「手術も成功したし、順調にいけば一か月で退院できるらしい。腕と身体は鈍るけど、まあ自主練増やせば大丈夫――」

「そうじゃなくて」

「なんだよ。他に何が……あ、頭は大丈夫だからな。別に頭は負傷してないし、意識もはっきりしてる」

「そうでもなくて」

「じゃあなんだよ」


 ベットに横たわったままアーセルを不満げに睨みつけたユースだが、その先に真剣な表情を見て動揺する。

 これほど真剣な表情をしたアーセルはここ数か月、見ていない気がする。

 訓練でさえそんな表情を見せることはめったにない。

 そんな男がなぜこんな表情をしているのか。


「身体的なことじゃなくて、心の方」

「…………」

「隊長から聞いた。その傷、ずっと生死不明だった従兄弟にやられたんだろ」

「…………」


 急に息苦しくなったような気がする。

 それはあまり知られたくなかった事実。

 特にディベールスのメンバーには。


(そのせいで今、騎士団をやめるかどうかで悩んでるなんて言えない)


 ディベールスとして選出された時から共に厳しい訓練を乗り越えてきた。

 少人数の部隊だけに互いの信頼度も高い。

 彼らを見捨てて、自分は何もせず見ているだけなどできるはずもない。

 しかし、クロスと戦うこともまた……。


「お前の事情も大体聞いてる。……騎士団やめろって言われたらしいな。どうするんだ……って聞いたら困るか」

「!!」


 はっと顔を上げれば、アーセルは困ったように眉を寄せて頭を掻いていた。

 どうやらシュナイザーからそちらについても聞かされていたらしい。


「あー、まあこの辺りについて知ってるのは俺だけだ。お前と仲いいのって俺くらいだし?」

「…………」

「なんだよ。今突っ込むとこだったんだぞ?」

「……今は、そんな元気ない」

「……まあ、そうだろうけど。……あのさ、俺は別にお前がどんな選択しようとも責めないし、たぶん他のやつらも同じだ。お前の過去に何があったのかってことも考えたら、止められる権利もないし。だからさ――お前の好きにしたらいい」


 そう言ってアーセルは目を細めて笑う。

 その微笑みが病室に差し込む日の光に照らされて、やけに眩しく見えた。


「たぶんお前がどこにいても俺たちの関係は変わんないし。まあ一緒に馬鹿やれる機会が減るのは寂しいかもしれないけどな。言いたかったのはそれだけ。んじゃあ俺仕事戻るわ」

「……うん。わざわざありがと」

「どーいたしまして」


 片手をあげたアーセルはすでにドアの方へと歩き始めていて、もうその表情を見ることはできなかった。

 ぱたりとスライド式のドアが閉められ、部屋に静寂が戻ってくる。

 その静寂が今のユースにはつらかった。


 行きたい方へ行けばいいというアーセル。

 きっと退団を選んでも、先ほどの言葉通り誰も責めはしないだろう。

 だけど、そのとき自分自身はどんな気持ちになるのだろう。


(逆に騎士団に残ることを選んだときは?)


 その問にも今のユースには答えることができなかった。

 答えを出すまであとどれくらいの猶予があるのだろう。

 できるだけ時間が欲しい。

 そう思いながらユースは布団を頭まで引き上げてすべての光を遮断した。

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