13 苦悩
「――くっ!」
背後からの発砲音に思わず目を閉じる。
しかし苦し気な声を上げたのはユースではなかった。
恐る恐る振り返れば視界いっぱいに広がる白。
「――あ」
首の横で緩く縛られた艶のある黒髪が風に揺れている。
その右手に握られているのはいつもの鉄扇ではなく小型の自動小銃だった。
そして左手にはこの状況に不釣り合いな小さな花束が握られている。
背筋をピンと伸ばし、一切の隙もない立ち姿を見せているシュナイザーの向こうで、クロスが左手首を押さえていた。
彼が持っていたはずの銃は1メートほど離れた場所に落ちている。
どうやらシュナイザーがクロスの銃を射撃で吹き飛ばしたらしい。
まさに一瞬の早業。
ユースにだって出来るかわからない状況でそれをやってのけるシュナイザーはやはりディベールスの隊長たる理由を持ち、その制服を身にまとっていた。
「まさか白昼堂々騎士団の、しかもディベールスのメンバーを襲う者がいるとは思わなかったな。遅れてすまないね、ユース」
顔だけで振り返ったシュナイザーは漆黒の瞳を優しく細めて微笑んでいる。
しかし完全にはユースの方を向かず、クロスへの警戒は続けていた。
「シュナイザー隊長、どうしてここに……」
「ユースの大切な家族の命日だからね。上司としては挨拶しておかないといけないだろう。そう思って毎年訪れていたのだけど……今年は良からぬ者に先を越されてしまったみたいだね」
シュナイザーが顔を正面に戻し、再びクロスと向き合った。
その銃口は一瞬たりともブレず、クロスの急所から外れることはない。
「さて、君は一体どこの誰なのか知りたいところだけど、それは本部でじっくり聞かせてもらおうかな。銃刀法違反で現行犯逮捕させてもらって、ね」
「……まさかディベールスの隊長がわざわざ出向いてくるとは予想外だったな。せっかくだからここでもっとやり合いたいところだが、今はその時じゃない」
「そうなのかい?わたしはいつでも相手をしてあげられるけど」
「お前はそうでも、ユースが限界だと思うが?」
にやりとクロスが笑う。
その言葉につられてシュナイザーの視線がユースに向いた、その瞬間。
クロスは素早く銃を拾い上げると、そのままシュナイザーの銃を吹き飛ばした。
「くっ!」
「今度は正式に挨拶させてもらおう」
「待て!」
走り去っていくクロスを追いかけようとして、しかし血まみれのユースが膝をついているのを見て眉を寄せると、その足を止めた。
そして銃を拾い上げると、ユースの肩を抱いて立ち上がらせる。
「大丈夫かい?さすがに今回は病院行きだね」
「すみません、隊長」
「それは迷惑をかけたと思っての謝罪?それともディベールスでありながら重傷を負わされたことに対して?」
「どっちも、です」
「そう。でも気にしなくていいディベールスだって完璧じゃない。ミスもあるし、それを補うためのチームだ。それに、さっきの男はなかなかの強敵みたいだしね。銃を拾うために体勢が崩れていたにもかかわらず、その体勢を立て直す前に撃ってきた。正確にわたしの銃だけを狙って、ね」
「…………」
やはりクロスの腕は落ちていない。むしろあの頃より精度が増している。
もしあの時自分も銃を持っていて、撃ち合ったとしたら、勝てたのだろうか。
(少なくとも腕の怪我が完治していない状態では無理だ……)
「あの男は君の知り合いかい?」
撃たれた腹を止血しながらシュナイザーが問う。
傷口を押された痛みで思わずうめく。
「っ……あれは、従兄弟です」
「従兄弟?でも君の親族は……いや、まさか彼は10年前の?」
さすがというべきか、シュナイザーはすぐにクロスの正体に気づいたようだった。
この男の中には一体どれだけの情報が蓄積されているのだろう。
こんな時なのに感心してしまった。
「そうか。生きていたんだね。でも再会を喜ぶべきなのかどうか、複雑だな」
「そう、ですね」
「なにか話はした?」
「はい……いろいろ。それからクロスは……」
その先の報告をしようとして、言葉に詰まった。
言うべきなのはわかっている。
でも口にすればクロスとの関係が変わってしまう気がしたのだ。
騎士団に所属する自分にクロスはやめて家に入れと言ってきた。
敵対したくないという気持ちはクロスも同じなのではないか。
でなければあんな風に言うはずがない。
それに、あれほどの腕がありながらクロスは急所をはずした。
わざと、致命傷にならない、しかししばらくは休養が必要な部分を狙ってきた。
考えれば考える程、クロスは自分を生かそうとしているとしか思えない。
それにクロスの話したことが真実だとすれば、10年前にも命を救われているのだ。
(俺は10年前に死んでいるはずだった)
クロスが叔父を――クロスにとっての父を殺さなければ、両親と共に燃えているはずだった。
夢も希望もなく、騎士団としてアーセルたちに出会うこともなかった。
今の自分があるのはクロスのおかげなのではないか。
それならば――。
(俺は、騎士団をやめたほうがいい……?)
すべてをかけて守ってくれたクロスに恩を返すためには、彼に従うべきなのではないか。
そんな思いがじわじわと胸の内に広がっていく。
「ユース?大丈夫かい?すぐに病院へ連れて行くからね」
こちらの沈黙を痛みのせいだと勘違いしたらしいシュナイザーは、ユースを支えながらそっと立ち上がった。
その時慌ただしく馬のかける音が聞こえてきた。
それからすぐに4頭ほどの馬が姿を現した。
乗っているのは白い服の男たち――騎士団の者だ。
先頭を走っていた黒髪短髪の男がいち早くシュナイザーに気づき、慌ただしく馬を降りるとこちらに駆け寄ってきた。
「あなたは……シュナイザー隊長!どうしてここに?いや、今はそれよりそちらの方を優先ですね」
「さすがだねタナー。誰かに命じて至急彼を病院へ運んでほしい」
「はっ!」
シュナイザーはこの黒髪短髪の男の名前を知っていたらしい。
タナーと呼ばれた男はシュナイザーに敬礼するとすぐに背後に控えていた3人の男の内、一番体格のいい男、オッズに指示を出す。
その声に「はっ」と敬礼をしたオッズはすぐにこちらに駆け寄るとユースの身体を支え、連れていく。
おそらくこのまま相乗りで連れていかれるのだろう。
(傷、痛むだろうな……)
馬の揺れほど怪我に悪いものはない。
この先の試練を想像してユースはあからさまに顔をしかめた。
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