12 避けられない対立
胃の辺りが痛んで、気持ち悪い。
「そんなわけ、ないだろ……?冗談でもそんなこと……」
だがクロスは感情の抜けた瞳でただじっと見降ろしている。
そして「冗談ではない」と続けた。
「俺の父はライトフォードの地位を手に入れることを望んでいた。そのために俺に騎士を目指させたんだ。あの家はより強い騎士が継ぐのが決まりだからな。だが、真面目に訓練しない俺に痺れを切らした父はあの日、親族との些細な喧嘩をきっかけについに暴走した。そしてお前の父親を切り殺したんだ」
「――っ!」
そんなはずはない。
父と叔父は、仲がいいと言わないまでも、良き兄弟であったはずだ。
頭が、痛い。
息が、うまくできない。
額を押さえ俯くユースを尻目にクロスは続ける。
「それを止めようとした親戚もすべて切り殺した。そしてその場にいた女子供もすべてを殺そうとした。俺はただそれを見ていた。だが、お前が殺されそうになったとき、俺は咄嗟に剣を抜いていた」
「あ……」
何かが弾けるように、突然記憶が蘇った。
そうだ。あの日自分を殺そうとしたのは確かに叔父だった。
そしてその叔父と、側で震えていた叔母を切り殺したのは……。
「……クロスが、叔父さんを、殺した……」
呟くような声に目を細めたクロスは「その通り」と頷く。
「お前だけが純粋だった。真っ直ぐに俺を見ていた。それをあんな男に壊されるのは許せなかったんだ」
「そんな……。だって、自分の親だろ……?」
それをそんな簡単に殺せるはずがない。
信じられないと首を振るユースに、クロスは冷たい視線を返す。
「親などと思ったことはない。向こうも俺のことは地位を手に入れるための道具にしか思っていなかったよ」
「道具……」
そんなはずはない。そう否定したくてもクロスの表情がそう言わせなかった。
「ずっと解放されたかった。あの二人からも、騎士にならなければならないという重圧からも。そしてついにあの日、手に入れたんだ」
「それって……」
「自由だ。あの頃の俺には自由がなかった生活のすべてをあいつに管理され、あいつの望むとおりにできなければ殴られた」
「そんな……」
信じられない。何もかも。
叔父は厳しくも優しく俺を指導してくれた。
お前なら立派な騎士になれるだろうと頭を撫でてくれた。
そんな人が自分の子供に暴力など振るうはずがない。
(でも、クロスがそんなウソをつくはずもない……)
「……ずっと恨んでたのか?だから殺したのか?火までつけて……」
自分のことを助けるだけなら殺さなくてもよかったはずだ。
クロスの騎士養成学校での成績は決して悪くなかったと聞いている。
対象を確保する術も心得ていたはずだ。
そう訴えてもクロスの瞳は一切揺れ動くことはない。
「俺はな、ユース。この世にある地位や名誉、称号ほどくだらないものはないと思っているんだ。そのせいで俺はやりたいこともやれずに幼少期を無駄にした。だからそんなくだらないものすべてを壊してやることに決めたんだ」
「……どういう意味だ」
問いかけたとき、はじめてクロスが口角を引き上げ、感情を見せた。
しかしそれは背筋を凍らせる恐ろしく狂気に満ちた笑みだった。
「文字通り、すべてのものを壊すんだよ。まずは、すべての元凶となったあそこ」
「まさか、騎士団を襲うつもりか!?いくらクロスでも無理だ!あそこには誰もが恐れる隊長がたくさんいる!ひとりでなんて――」
「誰が一人と言った?」
「え――」
「俺には俺と目的を同じくする者がいる。負けはしない」
「!!」
「だからユース。お前は騎士団をやめて大人しくライトフォード家当主としての仕事をしていろ」
「……それは、俺を巻き込みたくないからか?でも、聞けないお願いだな。俺にはディベールスとして、騎士団精鋭部隊としての誇りがある。そんな話を聞いて大人しくはしていられない」
(それに、さっきの話が本当ならこれ以上クロスに罪を重ねさせるわけにはいかない)
半歩下がって、剣を抜くために腰に手を伸ばしたところではっとした。
(しまった!今日は剣がないんだった……!)
これでは威嚇もできない。
それに最悪、体術戦になる。
体術は元々得意ではない上に、クロスとの対格差を考えればかなり不利だ。
(だがここで逃がすわけには……)
ジリジリトと後退して安全な距離まで下がろうとしたところで、ふっとクロスが鼻で笑った。
そして――。
「ここは俺の言うことを聞いておいた方がいいと思うがな」
そう言って懐から銀の銃を取り出した。
銃口はまっすぐこちらを向いている。
さすが騎士団養成所で学んだだけあって構え方にブレがない。
射撃経験も豊富だろうし、この距離では外さないだろう。
それに――。
(自動小銃……)
1発目を奇跡的に避けられたとしてもすぐに2発目がくる。
それに加えこちらはなんの武器もない状態だ。
距離を取って対抗するのは無理。
(それなら――!)
一瞬でこの場を切り抜ける作戦を組み立て、シミュレーションをしたあとすぐに太事目指して飛び込んだ。
クロスの方が身長が高い。それならば懐に入り込めばこちらが有利になるはずだ。
しかし――。
「甘い」
「――っ!うっ!」
懐に飛び込もうとしたその時を狙って長い脚が振り上げられ、腹に食い込んだ。
その反動で背後に吹き飛ばされる。
しかしユースはすぐに受け身を取り立ち上がると、素早く駆け出した。
ジグザグに走り、発砲に備えながら近づき、拳を振り上げる。
しかしその手も銃を持っていない手であっけなく止められた。
「騎士団はこんな無謀な戦いを教えているのか?まるで実践向きじゃないな。幻滅したよ。やはりお前は家にいるべきだ」
「くっ!それだけは、断る!」
「騎士になるという夢は叶ったのだからもう十分だろう。どうせもうお前を褒めてくれる家族はいない。それならせめて最後に残されたその血を大切にしたらどうだ」
「……っ」
(クロスの言っていることは正しい)
本当は最後に残された生き残りとして、ライトフォードの当主として家を守るために尽くすべきだ。
(でも――)
「クロスまで失うわけにはいかないだろ!」
「…………」
「俺に残された最後の希望なんだ!頼む!これ以上罪を重ねないでくれ!」
「希望?」
クロスの手から力が抜け、掴まれていた腕が解放される。
話を聞いてくれるらしい彼に、ユースは必死に訴えた。
「そうだ!クロスは俺に色々教えてくれた。どんな時も支えてくれた。だからこれからも俺のことを――」
「お前は純真すぎる」
パァアン!
「――っ!?」
腹を貫く強烈な痛み。
撃ち抜かれた反動で身体が後ろへ吹き飛ぶ。
そのまま受け身も取れずに地面に転がった。
痛む右下腹部に手を当てると、ぬめりとしたものがあふれ出している。
「俺はもうお前の知っている俺ではない。簡単に罪のない人を撃ち殺せる。目的のためならなんでもできる。そんな人間になったんだ」
「そ、んな……」
まさか本当に撃ってくるなんて。
あの時は助けてくれたのに、なぜ。
地面に情けなく転がったまま見上げていると、ユースの思考を読んだように「なぜお前を撃ったのか知りたいか」と静かな声で問いかけてきた。
今はもうあの恐ろしい笑みは浮かべていない。
再会した時と同じように感情のない無の瞳がこちらを見おろしていた。
「そもそも俺はお前を戦線離脱させるためにここに来たのだ。あとは足でも撃ち抜けば、今度のパーティーには参加できないだろうな」
ゾッ。
銃口が静かに足に向けられる。
まだ腕も完治していない状態で腹、さらに足まで撃ち抜かれればさすがに現場復帰に時間がかかる。
(クロスを、止められない……!)
必死で身体を起こし、銃口を避けようとする。
しかし腹から伝わる激痛で、思うとおりに動けない。
「くそっ……!やめくれクロス!」
足を奪われたらクロスも、騎士団も、守れない。
守るための力を奪わないでくれ。
訴え続けるが、クロスの瞳は変わらない。
「言っただろ。俺は目的のためならなんでもできる、と」
「っ!やめ――!」
「ゆっくり休め、ユース」
必死で足を動かし逃げるユースの背後で、クロスは静かに引き金を引いた。
パァアアアアンッ!
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