第3章 告げられた真実
9 命日
「あ」
グラスターと早朝射撃訓練を始めてから数週間が経った。久しぶりにのんびりと朝を過ごし部屋から出ると、丁度隣から出てきたアーセルと鉢合わせて同時に声を上げる。
アーセルもユースと同様私服で、色の濃いパンツにブイネックのシャツ、それに黒のジャケットを合わせていた。
パンツのポケットに両手を突っ込んでいる姿はただ立っているだけでなかなか様になっている。
だがユースには気になることがあった。
「お前さー、今日夜勤だろ?なに出かけようとしてんの」
確かに夜勤の場合夕方からの出勤になるので昼間は休日みたいなものだが、その場合普通は夜に備えて休んでいるべきだと思う。というか大抵の人は休んでいるはずだ。
呆れたような視線を向ければ何言ってんのとばかりに返された。
「昼間空いてるのに出かけなくてどーすんの」
「いや、別にいいけどそれで明日の朝まで仕事やれんの?」
「やれるやれる。俺まだ若いから」
自信満々に言ってきたので「あっそ」と冷たく返しておいた。
遠まわしに自分を年寄扱いしている気がする。
興味をなくしたので話しは終わりとばかりに歩き出せば、隣にアーセルが並んで共に歩き出した。
「で、休日にお前はそんな格好してどこ行くんだ?」
そう言ってアーセルは視線を上から下へと動かす。
黒のスーツに黒ネクタイを締めた姿を見て何か思い当たることがあったのか、しばらくするとああと呟く。
「そうか、今日あの日か」
妙にしんみりとした感じで言われ、それが嫌だったので軽くアーセルの肩を殴りつけた。
「おい。なんで殴る」
「お前がそんな声出すと気持ち悪いんだよ」
「ひでー。てか親の命日で墓参りに行くやつに明るく声かけるとかどんだけ空気読めないやつだよ。俺そこまで無神経じゃないからな」
「お前はそれぐらい空気読めない方がいい」
「おいこら。俺が空気読めないやつだったらこんなにモテてないからな」
「自分でモテるとかいう時点で空気読めてないだろ」
相変わらずの言い合いをしながら寮を出ると、ところどころで巡回している兵を尻目に二人で城門を潜った。
「じゃあ俺はこっちだから」
「ああ」
中心街へ向かうアーセルとは違い、ユースは郊外へ行かなければいかないのでもうここからは別の道を行かなければいかない。
軽く手をあげて歩き出す背後で「ユース」と名前を呼ばれて顔だけ振り返る。
そこにはとてもからかえる雰囲気ではない、まじめな顔をしたアーセルがいた。
「一人で大丈夫か?」
その言葉に一瞬心が揺れる。
だがすぐに「ばーか」と笑った。
「子供じゃないんだ。お前こそデートに付き添わなくて大丈夫か?」
そう言えば、ふっと笑ったアーセルが「俺の方が年上だ、ばか」と返してくる。
それに二人で笑い合って今度こそ背を向けて歩き出した。
途中、小さな花屋に墓前に供える花を購入し、あとはまっすぐ目的地を目指す。
住宅街に続くこの通りは昼間ということもあってか人通りは少ない。この時間であれば子供は学校に行っているはずだし、ほとんどの大人は仕事に行っているであろうから当然かもしれないが。
「前まではこの道が大嫌いだったのにな……」
今は悲しいという思いはあるもののそれほど嫌ではないように感じる。
少し胸は痛むけれど、不思議と穏やかな気持ちだ。
「本当に吹っ切れたのかもな……」
あれだけ縛られていた過去からこんなにもあっさり解放されるなんて。
でも、もう10年も経っているのだからそんなに不思議に思うこともないのかもしれない。
きっと心のどこかではとっくに吹っ切れていて、シュナイザーの言葉で完全に吹っ切れた。ただそれだけのことだろう。
あの日クロスの夢を見たのも何かの暗示だったのかもしれない。
「クロスもいい加減前向けって、言ってたのかな」
記憶の中のクロスの横顔が頭をよぎった。
いつの間にかクロスの歳を追い越して、自分も大人になっている。
何とも言えない複雑な気分を振り払うように頭を振って、紅葉し始めた落葉樹を見上げた。
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