8 友と仲間
資料室を後にしたユースはその足で今度は西館地下にある射撃場へと向かった。
この晴れやかな気持ちでなら射撃練習が出来そうだったからだ。
気持ちが揺れている時はミスもしやすい。だから今日は何もしないでおこうと思っていたのだが、シュナイザーのおかげで気持ちが浮上した。
それならやるしかないだろう。
怪我をしている状態でも腕を落とすわけにはいかない。
屋外射撃場もあるが、まだ朝早いので迷惑がかからないように屋内射撃場を利用することにする。屋内射撃場は防音設備が整えられていて、扉を閉めれば音が漏れることはない。
重厚な鉄の扉を開けて中に足を踏み入れればパンパンと銃を撃つ乾いた音が断続的に聞こえて、誰かが射撃をしているのだと知れる。
入ってすぐの場所には長細いテーブルのようなものが置かれ、パネルで仕切られたスペースがある。そこに立って数十メートル先の動かない的を狙う初心者用の練習スペースには人影はなかった。となればさらに奥の上級者用のスペースか。
初心者用のスペースを素通りしてその先のガラス扉を覗けば、両手で銃を構えて的を狙う女性の姿が見えた。
長い青銀の髪は頭の後ろの高い位置で一つにまとめられ、身体の動きに合わせてサラサラと揺れている。黒が基調の騎士団の制服とは違い、自分と同じ白い制服を着ていることですぐにその人物の名前に思い当たった。
ピーッという訓練終了の音を聞いてからユースはその扉を開ける。
耳あてを外した女性が振り返って、軽く会釈をしてきた。
やはり思った通りの人物だった。
まだどこか幼さが残るその人物は去年ディベールスに配属されたばかりの新人、シエル・グラスター。
ユースの二歳年下だが、しっかり者で恋愛に関しては百戦錬磨のアーセルも軽くあしらえる強者だ。
「こんなに朝早くから射撃の訓練をしようって人が俺のほかにもいるとは思わなかったな」
「姫が寝ている時間ぐらいしか訓練できる時間がありませんから」
大して表情の変化もなく淡々と返ってきた言葉に相変わらずだなと思う。
彼女はあまり笑わないし、怒ることもしない。
わずかな変化が読み取れるようになったのはつい最近のことだ。
なにせディベールスは二人しか女性がいないため、彼女は王妃やその姫につきっきりにならざるを得ない。そのせいであまり執務室にも来ないため会う機会が少ないのだ。
半年もしないうちに彼女の感情の変化を読み取れるようになったアーセルはさすがといったところだ。
「空き時間に訓練に来るなんて真面目だなー。ヨークシャーは寝ているか、貴族の屋敷で楽しく過ごしているだろうに」
ヨークシャーはアーセルのことではない。その叔母のアンジェ・ヨークシャーだ。
叔母といってもまだまだ若い彼女はアーセルと非常に性格が似ていて、たくさんの貴族との噂が絶えない人物であるが、ディベールスでは副隊長を務めている立派な人でもある。
「私はまだまだ未熟ですから。それに意外と言うならライトフォードのほうでは?騎士団一の射撃の名手と名高いあなたがここを訪れるなんて」
「それは褒めすぎだ。聞いてると思うけど、任務も失敗しちゃったしね」
そう言えば、ああと納得したようにグラスターが頷く。
「アーセルのせいで罰則を与えられた上に、怪我までするなんて災難でしたね。全部アーセルのせいにしておけばいいと思います。気にすることないですよ」
「ははっ。なんだか君とは気が合いそうな気がするよ」
「俺のいないところで悪口ですかー?」
僅かに微笑んでいるグラスターと笑い合っていると、扉を開ける音と共に第三者の声が割り込んできた。
ユースよりも低いその声にグラスターが眉を寄せる。
あからさまな反応に少し笑えた。
「朝早くから出かけていくからどこ行くかと思えば、こんなところでデートか?抜け駆けはよくないぞユース」
そう言って肩に回された手を軽く抓って引きはがす。
「痛てぇっ」
「おまえと一緒にするな。というかお前今日遅番だろ。なんで起きてるんだよ」
「そりゃあ色々あってさっき帰ってきたみたいな?」
はははとアーセルは笑うが、グラスターから向けられる視線は冷たい。
どうせ女と遊んでいたんだろう。
もういちいち突っ込むこともしないユースは無視して射撃訓練の準備にかかった。
グラスターはそんなユースの側に歩み寄ると「見学してもいいですか」と律儀に声をかけてくる。
もちろんと返せば、後ろに下がって見学する体勢をとるグラスター。
そんな様子に黙っていなかったのがアーセルだ。
完全無視な状況に耐えきれなかったらしい。
「さすがに泣くよ俺。同じディベールスなんだから仲良くしようぜ?」
「気色悪い。ディベールスならたまには真面目に訓練したらどうだ?」
「お、言ったねぇ。じゃあ勝負しようぜ。点数高い方が勝ちな」
ニッと笑うアーセルにふっと笑いが漏れた。
「お前俺に射撃で勝ったことないのによくそんなこと言えるな」
「怪我してる今がチャンス」
その言葉にまた笑ってしまった。
馬鹿にしているわけではない。
そんな風に軽く言ってくれるから、あの男に負けたことに落ち込まないで済む。
また前に進ませてくれる。
いつも通りの自分でいさせてくれる。
それが嬉しかったのだ。
「確かに怪我してるけど左だし、俺もともと片手撃ちだから関係ないと思うけど。勝負なら手は抜かないよ」
「マジかー。お前たまには俺に勝たせろって」
「やだよ。俺遊びも本気でやるタイプだから」
「俺だって本気…て、本気でやってるのに負けるって悲しすぎね?」
なあとグラスターに同意を求めるアーセルだが、「無謀な挑戦をするからです」と軽くあしらわれている。
それにもめげず無謀な挑戦で勝つからこそかっこいいんだよと言い返すアーセルはある意味すごい。
自分だったら挫折してるかもと内心思いつつ、騎士団でも騎士の称号を与えられている一部の者にしか与えられていない専用のキーを差し込んで訓練用の銃を取り出すと手慣れた手つきで弾を込めていく。
「俺が先でいいか?」
「あ、いや、俺先いかせて。なんかお前の後でやるの怖いから」
「なんだそれ。まあいいや。じゃあ早くして」
「おうとも。今日こそお前の記録を抜いてやる」
意気込みもそこそこに取り出した銃に弾を込めて、目を保護する透明な眼鏡に耳を保護する防音のヘッドホンを装着する。
最後に自分でスタートボタンを押すとピピピと機械音がして人型の的が五体不規則に上下に動き出す。時々壁に隠れて見えなくなったりもするので早めに狙いをつけて引き金を引かなければ高得点どころか的に当てることさえ難しい。
「ちなみにグラスターは何点だった?」
確実に点を稼いでいくアーセルの後ろで隣に並んだグラスターに問う。
「478点です」
「おお、なかなかやるね」
この訓練の満点は500点。
ディベールスに入る基準の一つとしてこの訓練で480点を超えていなければいけないが、それでもかなり余裕な数値である。
騎士団の中でも毎回その基準を超える者はそれほどいないはずだ。
素直に褒めたのだが、グラスターはまだまだですと謙遜してみせる。
それでもその横顔は少しだけ嬉しそうに見えた。
「満点を確実に取れるようにならなければ一人前のディベールスとは言えませんから」
「まあ、そうかもね」
実際は相手も打ち返してくるし、予想もできない動きをしてくる。
それを躱しながら対象を沈黙させるのはかなりの技術を伴う。
この程度の訓練では常に満点をとれるようにしておかなければ厳しいだろう。
「でも適度に肩の力を抜くことも大事だよ。俺たちみたいにね」
ずっと気を張っていては疲れて作業効率も落ちてくる。
アーセルは気を抜きすぎかもしれないが、グラスターのように真面目すぎるのもよくない。
二人を足して2で割ったらちょうどいいかもしれないと笑えば、アーセルと割るのは遠慮しますと返された。
そこまで言われるアーセルに少し同情したが、普段の素行を考えれば自業自得という気もした。
ピーッと言う音で訓練が終わったことを知る。
ヘッドホンと眼鏡を取るアーセルの肩越しに手元の得点表を確認すれば482と表示されていた。
「よかったな。とりあえず面目は保てた」
そう言って肩を叩けば当然訳が分からないという顔をされる。
なのでこっそりグラスターの点数を教えてやった。
「おー、あぶねぇ。まさかそんなところに危険が潜んでいたとは……。お前に負けるよりもダメージを受けるとこだった」
心底ほっとしたように胸を撫でおろすアーセルと入れ替わるように射撃の準備に入る。
銃の準備は終わっているので眼鏡とヘッドホンをつけるだけだ。
さっさと装着を済まし、スタートボタンを押す。
機械音と共に動き出す的に的確に狙いを定め引き金を引いていく。
身体を急激に動かすと時々傷口が痛んだがそれでも銃弾が的を大きく外すことはなかった。
あっという間に訓練は終了し、ふーっと息を吐き出しながら銃を置く。
眼鏡とヘッドホンを外すと、左右からアーセルとグラスターがそれぞれ得点表を覗き込んできた。
「498点……」
「珍しい。ユースが満点を逃した……」
意外なものを見たとばかりに二人が呟く。
自分でも確認して密かに落ち込んだ。
この訓練で満点が取れなかったことなどほとんどなかったのに。
「今日は怪我をしてますし」
「銃も愛用のやつじゃないしな」
慰めるかのような二人の言葉に余計落ち込んだ。
「俺、腕落ちたかも……。これから毎日訓練来るわ。こんな腕じゃあ専用の銃まで作ったのに恥ずかしい……」
「ややややや!そんな落ち込まんでも!十分すごい点数だから」
「そんな点数を出しているあなたに落ち込まれたら騎士団は全員落ち込まないといけません」
「いや、周りは関係ないから。これは俺の問題だから。しばらく早朝訓練するわ」
決意を述べればグラスターは自分も時間があるときは参加してもいいですかと言ってきたので、快く了承した。
誰かがいた方がやる気も出るだろう。
もっとうまくなろうと頷き合う二人を尻目に、アーセルはがんばれとエールを送るだけだった。
「そんなこと言ってるからいつまでも勝てないんだぞ。このままグラスターにも負けることになっても知らないからな」
「それで騎士引退ですか。おつかれさまです」
「おい。限りなく無表情でそんなこと言うのやめてくれ。そう簡単にシエルには負けないし、引退しないから」
「そうなのか?」
「お前までそんなこと言うか!」
全力で突っ込むアーセルにグラスターと二人で笑う。
笑いながらこんな楽しい時間が永遠に続けばいいと思った。
しかしユースはこの世に永遠などありはしないのだということを知っている。
この世は常に周り、変化する。
それと同じように人の関係も変化するし、突然失われることもある。
だからこそ、こんな一瞬を大切にしたいと思うのだ。
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