4 悪い知らせ


 本来レト伯爵の捕縛を命じられていた騎士団の第二部隊に事後処理を任せ、本部の医務室にユースを預けると、その足でアーセルは王城のディベールス隊長室へと向かっていた。

 急ぎの報告ではあるが後に怒られるのは嫌なのできちんとノックしてから入室の許可を得て入室する。


「アーセル・ヨークシャー。任務を終了しました」

「ご苦労様。ユースがここにいないという状況も含めて報告を聞こうか」


 何かの書類を片づけながらシュナイザーが微笑んだ。

 さすが、鋭い。

 しかしまさか任務に失敗したとは微塵も思っていないであろうその表情に思わず顔が引きつる。


 騎士団の中でトップクラスの実力を持つディベールスの自分が任務失敗の報告をしなければならないとは。

 自分だけのミスではないとはいえ、情けなくて仕方がない。


「……そのぉ……ですね。大変言いにくいのですが、任務は失敗しました」

「……はい?」


 微笑を刻んだままシュナイザーの動きが止まる。

 とてもそれを直視する勇気はなくて、アーセルは視線を逸らしたまま報告を続けた。


「レト伯爵は死亡。その件に関わりがあると思われる男とユースが接触しましたが、痺れ薬を吸わされ捕縛に失敗。その際痺れを取るためにユースが自分自身を撃って負傷したため、現在は本部にて治療中です」


 死亡、負傷という決して穏やかではない単語にシュナイザーから笑顔が消える。


「レト伯爵は胸を撃たれたことによる大量出血で死亡したと思われますが、詳しい死因は検死解剖が終わってから報告が来るはずです。ユースが接触した不審な人物についてはユースしか見ていないので、回復したら本人から報告させます」

「ユースが取り逃がすとは、よほど腕の立つ人物のようだね」


 懐から取り出した鉄扇を僅かに広げて顎に当てるシュナイザーは何かを思案するように沈黙した。

 しばしの静寂のあと一旦逸らされていた漆黒の瞳が再びアーセルを映す。


「騎士団が乗り込んだ途端殺されたレト伯爵。正体不明の男。……レト伯爵は闇組織とも繋がっていた。今回はその組織についても聞きたかったのだけど、先手を取られたような気がするのはわたしだけかな」

「口封じに殺されたと?」

「断言はできないけどね。なんにせよ調査は続けてもらわないと。正体不明の男も気になるし。ユースはどれくらいでここに来られそうなんだい?」

「痺れは解毒剤を飲ませたから2時間ぐらいあれば回復するそうです。腕は……まあ左なんで任務には支障はないかと」

「そう。わかった。ああそれと、最後に悪い知らせ」


 ターゲットを殺されて、不審人物を取り逃がした時点でディベールス最大の失態なのに、これ以上悪いことなど聞きたくない。そう思うのが正直なところだが、聞かないわけにもいかない。

 諦めにも似た気持ちでアーセルは問いかける。


「なんですか」

「無差別殺人の罪で服役していたルナウド・パークが脱獄した」


 静かな声で告げられた内容に一瞬眩暈がした。


 ルナウド・パークといえば数年前までフォークスという海沿いの街で無差別殺人を行い、騎士団に捕まるまでに十三人を殺害した凶悪犯だ。

 罪の最も重い者たちが収容されるカルース監獄の最深部で牢に繋がれていたはずなのに。


 カルース監獄は終身刑を言い渡された者たちが収容され、入ったら二度と出ることのできない死の監獄とも言われている。

 あそこは罪を犯したものを裁くアデージという、ディベールスと同じように騎士団に所属しながら騎士団とは別の任務を行う部隊の管轄で、騎士団であってもそう簡単には足を踏み入れることができないほど警備が厳しい場所だ。


(脱獄なんてにわかには信じられないが……)


 それでもアーセルには思い当たる出来事があった。


「本部が忙しそうだったのはそういう理由もあるんすね」


 先ほどユースを送り届けたとき、やけに本部が慌ただしかったのだ。

 いつもならもっと閑散としていて、訓練所の声が聞こえるくらい静かなのだが、今日は廊下を団員が走り回り、そこかしこで怒号が響いていた。

 規律に厳しい騎士団内においてそれは非常事態を意味する。

 普段走り回ったり、むやみに私語をしていたらすぐに上官から雷を落とされるからだ。


「やはり混乱してるんだろうね。ニックもご立腹の様子だったし。まあこっちにその仕事は回ってこないと思うけど念のため気にしておいてね」

「あー、アデージの隊長かぁ……。あの人の指揮下に入るのはごめんですよ。命がいくつあっても足りなそうだ」


 いかつい顔のニック・ルベンスを思い出しながらそんな冗談を言ってみて、ふとあまりよくない考えが頭をよぎった。


「……あんまり考えたくないですけど、その脱獄とレト伯爵の殺害がほぼ同時に起こったのは偶然ですかね」

「わたしも考えたけどなんとも言えないね。レト伯爵の捕縛に人数を割いてたのは確かだけどアデージは当然通常任務をしていたからね。搖動とは考えにくい」

「ですよね」


 安心なのか残念なのか複雑な思いが胸を満たす。

 アーセルが小さく息を吐くのと同じタイミングで「だけど」とシュナイザーが口を開いた。


「無関係とも断言できないよ。同じタイミングで事件が起こるなんてめったにないからね」


 まあこれも調査待ちだねと少し困ったようにシュナイザーが笑う。

 どうやらこれで話しは終わりのようだ。


「じゃあアーセルはゆっくり休んで。お疲れ様」

「うーす」


 休んでいいと言われてもアーセルにはまだやることが残っている。

 今朝の事件でボロボロになったユースの部屋の修理を依頼し、さらに無駄に消費させてしまった分の弾を発注しなければならないのだ。

 ユースの銃は彼の癖に合わせて特別に作られたものなので、当然その弾も特別なものになっている。

普通の銃弾の2、3倍の値段はするそれに加えて部屋の修理代も出さなければならないとなると結構な出費だ。


 どうして部屋を間違えたんだろうと後悔の念に苛まれながらアーセルは隊長室を後にした。

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